孫壱 孫壹
人物紹介
孫壱は呉の宗室で、孫奐の子孫承の庶弟である。孫承が赤烏6年(243)に子のないまま死ぬと、孫奐の後を継いで家業を受け継ぎ、将となった。孫峻が諸葛恪を殺した際、全熙・施績とともに諸葛恪の弟諸葛融を攻め、諸葛融は自殺した。 正史 呉書 巻6 §21
鎮軍将軍として仮節を受けて夏口を監督したが、孫綝が彼の姉妹の夫である滕胤と呂拠を殺し、朱異を送ってひそかに襲わせると、太平2年(257)に部曲千余人を率いて魏へ逃れた。魏は彼を車騎将軍・儀同三司として呉侯に封じ、曹芳の貴人であった邢氏を妻として与えたが、甘露4年(259)11月、邢氏とともに下の者たちに殺された。 正史 呉書 巻6 §22–23正史 呉書 巻3 §15–16正史 魏書 巻4 §96
陳寿は宗室伝の評で諸孫氏をまとめて述べただけで、孫壱を別に評していない。演義には登場しない。 正史 呉書 巻6 §52
正史の記録
孫奐は兄孫皎の衆を継いで率いた将で、揚威将軍となり沙羨侯に封じられ、嘉禾3年(234)に40歳で死去した。子の孫承が跡を継ぎ、昭武中郎将として兵を率い郡を兼ねたが、赤烏6年(243)に子のないまま死去した。そこで孫承の庶弟孫壱を封じて孫奐の後を継がせ、孫壱は家業を受け継いで将となった。 正史 呉書 巻6 §19–21
孫峻が諸葛恪を殺した際、孫壱は全熙・施績とともに諸葛恪の弟である公安督諸葛融を攻め、諸葛融は自殺した。諸葛瑾伝に付された諸葛融の記事は、諸葛恪が誅されると無難督施寛を遣わして将軍の施績・孫壱・全熙らのもとに行かせて諸葛融を捕らえさせ、兵が到着して城を囲むと諸葛融は毒を飲んで死に、三人の子もみな誅されたと記した。 正史 呉書 巻6 §21正史 呉書 巻7 §66
孫壱は鎮南将軍から鎮軍将軍に移り、仮節を受けて夏口を監督した。孫綝が滕胤と呂拠を殺すことになったが、呂拠と滕胤はともに孫壱の妹の夫であり、孫壱の弟孫封は滕胤と呂拠の謀を知っていたため自殺した。孫綝は朱異を送ってひそかに孫壱を襲わせた。朱異が武昌に至ると、孫壱は自分を攻めに来たことを知り、部曲千余人を率い、滕胤の妻を連れて魏へ逃れた。 正史 呉書 巻6 §22
三嗣主伝はこのことを太平2年(257)のこととして記した。その年の5月、魏の征東大将軍諸葛誕が寿春城を保って呉に臣と称し、6月に呉は文欽・唐咨・全端らに歩騎3万を与えて諸葛誕を救援させた。このとき朱異が虎林から衆を率いて夏口を急襲し、夏口督孫壱は魏へ逃れた。 正史 呉書 巻3 §15–16
魏は甘露2年(257)6月乙巳の日に詔を下し、呉の使持節・都督夏口諸軍事・鎮軍将軍・沙羨侯孫壱は賊の一族で位は上将に至ったが、天を畏れ命を知り、衆を率いて遠く帰順したのであり、微子が殷を去り楽毅が燕から逃れたこともこれに勝ることはないとした。そして彼を侍中・車騎将軍・仮節・交州牧・呉侯とし、府を開いて属官を招くことを許して儀礼を三司と同じくし、古の侯伯八命の礼に従って袞冕と赤舄を賜った。宗室伝は、魏が旧主曹芳の貴人邢氏を彼に妻として与えたと記した。 正史 魏書 巻4 §78 · 84正史 呉書 巻6 §22
このとき、諸葛誕を討つために大将軍司馬昭が自ら寿春に赴くかどうかが議されていたところへ孫壱が衆を率いて降伏してきたので、ある者は呉に内紛が生じたので再び出兵できないだろうと言った。鍾毓は、孫壱が率いてきた者は千人にも満たず兵は300を超えないので、呉が失ったものはわずかであり、呉が出兵しないとは断言できないと言った。司馬昭はもっともだと言い、鍾毓を伴って行った。 正史 魏書 巻13 §24–25
のちに鍾会は蜀を攻める際に出した檄文で、かつて呉の将孫壱が衆を挙げて帰服すると高位に上って寵遇と品秩が格別であり、窮地に追い込まれてようやく命を託したにもかかわらず厚い寵遇を加えられたと、彼を例に挙げた。 正史 魏書 巻28 §111
邢氏は容貌が美しかったが嫉妬が激しく、下の者たちはその命に耐えられず、ついにともに孫壱と邢氏を殺した。孫壱は魏に入って3年で死んだ。三少帝紀は、甘露4年(259)11月癸卯の日に車騎将軍孫壱が婢に殺されたと記した。 正史 呉書 巻6 §23正史 魏書 巻4 §96
陳寿は宗室伝の評で、諸孫氏はあるいは創業の基礎を助け、あるいは辺境を守ってその任に堪え、その栄誉を辱めなかったので詳しく記すと述べたが、孫壱については別に述べていない。 正史 呉書 巻6 §52
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率48
- 武力35
- 知力45
- 政治35
- 魅力38
- 徳35
- 処世55
- 文芸31
- 弁舌35
- 用人33
項目別の根拠
正直接の記録なし — 将として推定呉書 巻6 §21
正直接の記録なし — 朱異の襲撃を察知したことから推定呉書 巻6 §22
正直接の記録なし — 夏口督の職から推定呉書 巻6 §22
正直接の記録なし — 事績から推定呉書 巻6 §23
正直接の記録なし — 武将として推定呉書 巻6 §21
正直接の記録なし — 事績から推定呉書 巻6 §22
正直接の記録なし — 事績から推定呉書 巻6 §21
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。