正五経・諸子を広く読み古文経典の注釈を著した。評:一時代の学士蜀書 巻12 §46蜀書 巻12 §47蜀書 巻12 §102
演北伐の際に尹黙とともに博士に任じられた第91回 §40
李譔は字を欽仲といい、梓潼郡涪県の人である。父の李仁が同じ県の尹黙とともに荊州で司馬徽・宋忠らから学んだ学業を余すところなく受け継ぎ、五経と諸子の書はもとより、算術・卜数・医薬・弓弩・機械の技巧にも思いを致した。 正史 蜀書 巻12 §46
延熙元年(238)、後主(劉禅)が太子を立てると太子庶子となり、僕射を経て中散大夫・右中郎将に移ったのちも太子に侍した。諸経の解説と『太玄指帰』を著し、景耀年間に死去した。 正史 蜀書 巻12 §47
陳寿は評で、許慈・孟光・来敏とともに彼を広く渉猟して見聞が多かったとし、徳行と功業で称えられはしなかったが、みな一時代の学士であったと述べた。演義では第91回に、諸葛亮が北伐に先立って成都に残す官員の中に博士として名が見え、全120回のうち1回に登場する。回目に名が入った回はない。 正史 蜀書 巻12 §102演義 第91回 §40
蜀書巻12の李譔伝によれば、李譔は字を欽仲といい、梓潼郡涪県の人である。父の李仁は字を徳賢といい、同じ県の尹黙とともに荊州に遊学して司馬徽・宋忠らに学んだ。李譔はその学業を余すところなく受け継ぎ、また尹黙に従って義理を講論し、五経と諸子の書で目を通さないものはなかった。 正史 蜀書 巻12 §46
彼はさまざまな技芸も広く好み、算術・卜数・医薬・弓弩・機械の技巧にいずれも思いを致した。初め州の書佐と尚書令史となった。 正史 蜀書 巻12 §46
延熙元年(238)、後主(劉禅)が太子を立てると李譔を太子庶子とし、僕射に移し、さらに中散大夫・右中郎将に転じさせたが、なお太子に侍させた。太子は彼の知識の多さを愛し、たいへん気に入った。しかし振る舞いが軽はずみで、冗談やからかいを好んだので、世間は彼を重んじなかった。 正史 蜀書 巻12 §47
李譔は古文の『易』『尚書』『毛詩』『三礼』『左氏伝』と『太玄指帰』を著したが、いずれも漢の学者賈逵と馬融を基準とし、鄭玄とは異なっていた。王氏とは遠く隔たっていて、初めからその著述を見ていなかったが、意味の帰するところは多くが同じであった。李譔は景耀年間に死去した。 正史 蜀書 巻12 §47
陳寿は巻12の評で、許慈・孟光・来敏・李譔は広く渉猟して見聞が多く、尹黙は『左氏伝』に精通しており、徳行と功業で称えられはしなかったが、まことにみな一時代の学士であったと述べた。 正史 蜀書 巻12 §102
官職:演義第91回で李譔は、諸葛亮が北伐に出る際に成都に残す官員の中で、尹黙とともに博士となる。正史で李譔の最初の官は州の書佐と尚書令史であり、延熙元年(238)に太子庶子となったのち僕射・中散大夫・右中郎将を歴任し、博士となった記録はない。 演義 第91回 §40正史 蜀書 巻12 §46–47
学問と人柄:演義第91回は李譔の名を挙げるだけである。正史は、彼が五経と諸子の書から算術・卜数・医薬・弓弩・機械まで幅広く修め、古文経典の解説と『太玄指帰』を著したが、振る舞いが軽く冗談やからかいを好んだので、世間は重んじなかったと記す。 演義 第91回 §40正史 蜀書 巻12 §46–47
尹黙との関係:演義第91回は尹黙と李譔を並べて博士にしたと記すだけである。正史では李譔の父李仁が同じ県の尹黙とともに荊州に遊学し、李譔は尹黙に従って義理を講論した。 演義 第91回 §40正史 蜀書 巻12 §46
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正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
正五経・諸子を広く読み古文経典の注釈を著した。評:一時代の学士蜀書 巻12 §46蜀書 巻12 §47蜀書 巻12 §102
演北伐の際に尹黙とともに博士に任じられた第91回 §40
正振る舞いが軽はずみで、冗談やからかいを好んだ蜀書 巻12 §47蜀書 巻12 §102
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正直接の記録なし — 書佐・尚書令史の官歴から推定蜀書 巻12 §46
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正直接の記録なし — 書佐・尚書令史の官歴から推定蜀書 巻12 §46
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正直接の記録なし — 算術・卜数・機械などに広く関心を寄せたことから推定蜀書 巻12 §46
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正直接の記録なし — 書佐・尚書令史の官歴から推定蜀書 巻12 §46
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正太子にたいへん気に入られたが、世間は重んじなかった蜀書 巻12 §47
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正直接の記録なし — 書佐・尚書令史の官歴から推定蜀書 巻12 §46
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正直接の記録なし — 書佐・尚書令史の官歴から推定蜀書 巻12 §46
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正直接の記録なし — 書佐・尚書令史の官歴から推定蜀書 巻12 §46
演直接の記録なし — 博士への任命から推定第91回 §40
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。