正陸凱が清廉で忠実な臣の一群に入れて推挙した呉書 巻16 §28
演国が滅びると知りながら逃れず忠節に殉じて戦死し、後人が詩で称えた第120回 §46第120回 §47第120回 §48
張悌は呉の孫皓の時代の臣である。建衡元年(269)に陸凱が死を前にして、社稷の柱であり国家の良き補佐であるとして挙げた人々の中に彼の名がある。 正史 呉書 巻16 §28
天紀3年(279)8月、軍師から丞相となった。翌天紀4年(280)春、晋軍が数方面から攻め込むと、晋の将王渾が丞相張悌と丹楊太守沈瑩らを斬った。 正史 呉書 巻3 §72 · 75 · 81
正史には彼の伝が別になく、呉書巻3三嗣主伝と巻16潘濬陸凱伝に名が出てくるが、陳寿の評に彼の名はない。演義には第120回の1回にのみ登場し、名は回目に入っていない。演義は、彼が自ら軍師となって牛渚に進み、呉が滅びることを知りながら逃れずに戦い、乱軍の中で死ぬと描く。 正史 呉書 巻3 §75 · 81 · 88–89正史 呉書 巻16 §28 · 57演義 第120回 §35 · 46–47
建衡元年(269)に陸凱が病に倒れると、孫皓は中書令董朝を遣わして言いたいことを尋ねさせた。陸凱は、何定を国事に用いてはならないと述べたのち、姚信・楼玄・賀劭・張悌・郭逴・薛瑩・滕脩と一族の弟陸喜・陸抗を挙げ、彼らはあるいは清廉潔白で忠実勤勉であり、あるいは資質と才能が抜きん出ており、みな社稷の柱、国家の良き補佐であると言った。陸凱は孫皓に、彼らに時務を諮るよう願って死去した。 正史 呉書 巻16 §28–29
天紀3年(279)夏、郭馬が広州で反乱を起こした。その年の8月、軍師張悌が丞相となり、牛渚都督何植が司徒となった。 正史 呉書 巻3 §72 · 74–75
その年の冬、晋は司馬伷を涂中へ、王渾と揚州刺史周浚を牛渚へ、王戎を武昌へ、胡奮を夏口へ、杜預を江陵へ向かわせ、王濬と唐彬には長江を東へ下らせた。天紀4年(280)春、王濬と唐彬の至るところは土が崩れるように防ぐ者がなく、杜預は江陵督伍延を斬った。王渾はさらに丞相張悌と丹楊太守沈瑩らを斬り、至るところで戦って勝った。 正史 呉書 巻3 §78 · 81
演義第120回で、晋の水陸の大軍が下ってくるとの報せに、呉主孫皓は大いに慌て、丞相張悌・司徒何植・司空滕循を召して協議する。張悌は、車騎将軍伍延を都督として江陵で杜預を迎え撃たせ、驃騎将軍孫歆に夏口を防がせ、自らは軍師となって左将軍沈瑩と右将軍諸葛靚を率い、兵10万で牛渚に進んで諸方面を支援すると上奏する。孫皓はその言に従う。 演義 第120回 §35–36
張悌は沈瑩と諸葛靚に晋軍を迎え撃たせる。沈瑩は、上流の諸軍が備えをしていないので晋軍は必ずここまで来るであろうと言い、川を渡って戦い敗れれば大事は終わりだと言う。晋軍が流れに乗って下ってきて当たるべからずとの報せが入ると、二人は驚いて張悌のもとへやって来る。 演義 第120回 §45–46
諸葛靚が、東呉は危ういので逃れようと言うと、張悌は涙を流し、呉が滅びようとしていることは賢者も愚者もみな知っているが、君臣がみな降伏して国難に死ぬ者が一人もいなければ恥ではないかと答える。諸葛靚は泣いて去り、張悌と沈瑩は兵を率いて迎え撃つが、晋軍に包囲される。張悌はひとり奮戦して乱軍の中で死に、沈瑩は周旨に殺される。演義は後人の詩を挙げて、彼が忠節に殉じたことを称える。 演義 第120回 §46–48
軍師となった経緯:演義第120回では、丞相張悌が晋軍を防ぐにあたり、自ら軍師となることを願い出る。正史では、すでに軍師であった彼が天紀3年(279)8月に丞相となった。 演義 第120回 §35正史 呉書 巻3 §75
陸凱の推挙:正史の陸凱伝で、陸凱は死を前にして社稷の柱として挙げた人々の中に張悌を入れる。演義の張悌は第120回にのみ登場し、この件は出てこない。 正史 呉書 巻16 §28演義 第120回 §35–48
死:演義第120回で張悌は晋軍に包囲されて乱軍の中で死に、沈瑩は周旨に殺される。正史の三嗣主伝では、晋の将王渾が丞相張悌と丹楊太守沈瑩らを斬った。 演義 第120回 §47正史 呉書 巻3 §81
沈瑩の官職:演義第120回で張悌が率いる沈瑩は左将軍である。正史の三嗣主伝で張悌とともに斬られた沈瑩は丹楊太守である。 演義 第120回 §35正史 呉書 巻3 §81
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正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
正陸凱が清廉で忠実な臣の一群に入れて推挙した呉書 巻16 §28
演国が滅びると知りながら逃れず忠節に殉じて戦死し、後人が詩で称えた第120回 §46第120回 §47第120回 §48
正軍師から丞相となり、陸凱が社稷の柱として名を挙げた呉書 巻3 §75呉書 巻16 §28
演直接の記録なし — 丞相の職務から推定第120回 §35
正直接の記録なし — 名望ある臣として推定呉書 巻16 §28
演直接の記録なし — 丞相の職務から推定第120回 §35
正直接の記録なし — 官職から推定呉書 巻16 §28
演直接の記録なし — 丞相であることから推定第120回 §35
正直接の記録なし — 官職から推定呉書 巻16 §28
演直接の記録なし — 丞相であることから推定第120回 §35
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。