周旨
| 職業 | 演武将 · 牙将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
周旨は演義第120回に登場する晋の都督杜預の牙将である。杜預が江陵へ進むとき、水手800人を率いて小舟でひそかに長江を渡って巴山に伏せ、呉の孫歆が城の近くまで逃げてくると、その中に紛れ込んで城上で火を挙げた後、孫歆を斬る。のちに呉の丞相張悌と沈瑩が晋軍に包囲されると、真っ先に呉の陣営へ斬り込み、沈瑩は周旨に殺される。 演義 第120回 §38–40 · 47
演義120回のうち第120回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。周旨という名は陳寿の本文にも裴松之の注にも見えない。陳寿の本文の三嗣主伝は、天紀4年(280)春、杜預が江陵督伍延を斬り、王渾が丞相張悌と丹楊太守沈瑩らを斬ったと記す。 演義 第120回 §38正史 呉書 巻3 §81
演義の描写
演義第120回で、晋主は鎮南大将軍杜預を大都督とし、兵10万を率いて江陵へ進ませ、王濬と唐彬には江に船を浮かべて東へ下らせる。この知らせを聞いた呉主孫皓は、丞相張悌の言に従って車騎将軍伍延を都督として江陵で杜預を迎え撃たせ、驃騎将軍孫歆には夏口などの軍馬を防がせ、張悌には左将軍沈瑩と右将軍諸葛靚を率いて牛渚へ進ませる。 演義 第120回 §33–36
江陵へ進んだ杜預は、牙将周旨に水手800人を率いて小舟に乗りひそかに長江を渡り、夜に楽郷を襲わせ、山林のあちこちに旗を多く立てて、昼は砲を放ち太鼓を鳴らし、夜はあちこちで火を挙げさせる。命を受けた周旨は手勢を率いて江を渡り、巴山に伏せる。翌日杜預が水陸ともに進むと、呉主が伍延を陸路に、陸景を水路に出し、孫歆を先鋒として三手に分かれて迎え撃ちに来るとの知らせが入る。 演義 第120回 §38
孫歆の船が先に到着し、両軍が初めて交わるとすぐに杜預は退き、上陸して追った孫歆は20里も行かないうちに四方から押し寄せた晋軍に大敗する。孫歆が城の近くまで逃げてくると、周旨の兵800がその中に紛れ込んで城上で火を挙げる。孫歆は北から来た軍勢は飛んで江を渡ったのかと大いに驚き、急いで退こうとしたところを、周旨の一喝のもとに斬られて馬から落ちる。船上の陸景は巴山にはためく「晋鎮南大将軍杜預」の大旗を見て上陸して逃げようとするが、晋の将張尚に斬られ、伍延も城を捨てて逃げるところを捕らえられて斬られ、杜預は江陵を得る。 演義 第120回 §39–41
王濬の水軍が筏で水中の鉄錐を抜き取り、松明で鉄鎖を焼き切りながら江を下ってくると、晋軍には当たれないとの知らせを聞いた諸葛靚は、張悌に逃れようと勧める。張悌は、君臣がみな降伏して国難に死ぬ者が一人もいなければ恥ではないかと涙を流し、諸葛靚も涙を流して去る。張悌と沈瑩が兵を指揮して迎え戦ううちに晋軍に包囲されると、周旨が真っ先に呉の陣営へ斬り込み、張悌は乱軍の中で死に、沈瑩は周旨に殺される。周旨の名はこの後、演義に再び見えない。 演義 第120回 §44–47
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率66
- 武力70
- 知力50
- 政治33
- 魅力40
- 徳50
- 処世45
- 文芸31
- 弁舌33
- 用人35
項目別の根拠
演水手800で江を渡って伏せ、敗走する呉軍に紛れ込んで城上で火を挙げた第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演直接の記録なし — 杜預の牙将としての記録から推定第120回 §38
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →