正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
| 職業 | 正演武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 正演 | 収録 | |
| 実在 | 実在 | 言及 | 正2回 |
呉匡は大将軍何進の属官で、蜀で驃騎将軍に至った呉班の父である。正史には独立した伝がなく、蜀書巻15鄧張宗楊伝に載る呉班の記録に「大将軍何進の属官であった呉匡」として一度だけ名が見える。陳寿の本文は彼の字・出身・事績・死を記していない。 正史 蜀書 巻15 §56
演義では第3回に何進の部将として登場する。何進が宮中で宦官に殺されると、青瑣門の外に火を放ち、内庭に攻め込んで、何苗は兄を害することに加担したと叫び、皆に何苗を殺させる。120回のうちこの1回にだけ登場し、名が回目に入った回はない。 演義 第3回 §13 · 15–16
呉班は字を元雄といい、呉懿の族弟で、大将軍何進の属官であった呉匡の子である。呉班は豪侠をもって知られ、官位は常に呉懿に次ぎ、先主の時に領軍となり、後主の時に次第に昇進して驃騎将軍に至り、仮節を与えられて綿竹侯に封じられた。呉懿は陳留の人で、劉焉に従って蜀に入った。 正史 蜀書 巻15 §54 · 56
陳寿の本文で呉匡の名が見えるのはこの一か所だけで、彼の字・出身・事績・死は記されていない。魏書巻6董二袁劉伝の董卓の記録は、霊帝が崩御したのち董卓が到着する前に何進が敗れ、そのとき何進の弟の車騎将軍何苗が何進の配下に殺されたと記すが、その配下を率いた者の名は明かしていない。 正史 蜀書 巻15 §56正史 魏書 巻6 §5–6
演義第3回で、袁紹と曹操はそれぞれ精兵五百を選んで袁術に率いさせ、袁術は兵を青瑣門の外に並べる。袁紹と曹操は剣を帯びて何進を長楽宮の前まで護送するが、宦官が太后は大将軍だけを召したと言って彼らを宮門の外に阻む。嘉徳殿の門に至った何進は張譲と段珪に取り囲まれて責められ、宮門がすべて閉ざされたまま、潜んでいた刺客たちに真っ二つに斬られる。 演義 第3回 §9–11
何進がいつまでも出てこないので袁紹が宮門の外から車にお乗りくださいと叫ぶと、張譲らは何進の首を塀越しに投げ出し、何進は謀反を企てて誅されたので、ほかの従った者はみな赦すと宣言する。袁紹が、宦官が大臣を殺した、逆賊の一味を討つ者は進み出て戦いを助けよと叫ぶと、何進の部将呉匡がすぐに青瑣門の外に火を放つ。袁術が兵を率いて宮廷に突入して宦官を見つけ次第殺し、袁紹と曹操も関門を破って入ると、宮中には炎が天に立ち昇る。 演義 第3回 §13–14
呉匡が内庭に攻め込むと、何苗も剣を提げて出てくるところであった。呉匡が「何苗は兄を害することに加担した、ともに殺すべきだ!」と大声で叫ぶと、人々もみな兄を害そうとした賊を斬ろうと言い、逃げようとした何苗は四方を囲まれて切り刻まれる。演義で呉匡の名が見えるのはこの二か所だけで、その後のことは描かれない。 演義 第3回 §15–16
何苗の死:演義第3回では、呉匡が何苗は兄を害することに加担したと叫び、人々が何苗を取り囲んで切り刻む。陳寿の本文は、何進の弟の車騎将軍何苗が何進の配下に殺されたと記すだけで、先頭に立った者の名とその理由は記さない。 演義 第3回 §15–16正史 魏書 巻6 §6正史 蜀書 巻15 §56
青瑣門の火:演義第3回で呉匡は袁紹の叫びに応じて青瑣門の外に火を放つ。陳寿の本文では呉匡は呉班の父として名が出るだけで、何進の死後に宮中で彼がしたことは記されていない。 演義 第3回 §13正史 蜀書 巻15 §56
身分と家柄:演義第3回は呉匡を何進の部将と呼ぶだけで家柄を明かさず、演義に登場する呉班も呉匡の子としては紹介されない。陳寿の本文は呉匡を大将軍何進の属官とし、蜀で驃騎将軍となった呉班の父と記す。 演義 第3回 §13演義 第65回 §47正史 蜀書 巻15 §56
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演主将何進が殺されるとすぐに兵を挙げて仇を討った第3回 §13
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
正直接の記録なし — 大将軍何進の属官であったことから推定蜀書 巻15 §56
演直接の記録なし — 何進の部将としての役割から推定第3回 §13
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。