張裕
人物紹介
張裕は蜀郡の人である。占候に通じ、陳寿はその天賦の才が周群より勝っていたと記しており、人相術にも通じていた。劉璋の従事であり、先主劉備が曹公と漢中を争おうとした頃には、益州の後部司馬として漢中を争ってはならないと諫めた。 正史 蜀書 巻12 §11 · 13 · 15
劉氏の命運が尽きるだろうと人にひそかに語った言葉が知られたうえ、以前ひげのない先主を皮肉ったことで憎まれ、獄に下された。諸葛亮が赦免を願ったが、ついに市で処刑された。正史に独立した伝はなく、蜀書巻12杜周杜許孟来尹李譙郤伝の周群の記事と、巻15鄧張宗楊伝の鄧芝の記事に登場し、陳寿の評には名がない。演義には登場しない。 正史 蜀書 巻12 §13–15 · 102正史 蜀書 巻15 §2 · 85
正史の記録
漢末に蜀に入った鄧芝には、彼を認める者がいなかった。そのころ益州従事の張裕が人相見に長けていたので、鄧芝は彼を訪ねて従ったが、張裕は鄧芝に「君は年が70を超え、位は大将軍に至り、侯に封じられるだろう」と言った。鄧芝はのちに陽武亭侯に封じられ、車騎将軍に昇った。 正史 蜀書 巻15 §2 · 7–8
かつて先主が劉璋と涪で会見したとき、張裕は劉璋の従事として陪席していた。張裕はひげが多かったが、先主は彼をからかって、昔自分が涿県に住んでいたころ毛という姓がとりわけ多く、涿県の県令が「諸毛 涿を繞りて居るかな」と言ったと語った。張裕はすぐに、上党郡潞県の長から涿県の県令に移った人が官を辞めて家に帰ると、当時の人々は彼に手紙を書く際、潞と書けば涿が抜け、涿と書けば潞が抜けるので、「潞涿君」と書いたと答えた。先主にはひげがなかったので、張裕はこれで皮肉ったのである。 正史 蜀書 巻12 §13–14
先主が曹公と漢中を争おうとして周群に尋ねると、周群は、土地は得られるが民は得られず、別動軍を出せば必ず不利になるだろうと答えた。当時、益州の後部司馬である蜀郡の張裕も占候に通じ、天賦の才は周群より勝っていたが、彼は先主に、漢中を争ってはならず、軍は必ず不利になるだろうと諫めた。先主は結局張裕の言葉を用いなかったが、果たして土地は得たものの民は得られなかった。武都に送り込んだ将軍呉蘭・雷銅らはみな戦没して帰らず、すべて周群の言葉のとおりであった。 正史 蜀書 巻12 §11–12
張裕はまた人にひそかに「歳星が庚子にあるとき天下は王朝が替わり、劉氏の命運は尽きるだろう。主公が益州を得られれば、9年後の寅年と卯年の間にこれを失われるだろう」と語り、ある者がその言葉を密かに申し上げた。先主は常々彼の不遜を根に持っていたうえ、彼が言葉を漏らしたことに怒り、漢中を争うなという諫言が外れたことを明らかにして、獄に下して誅殺しようとした。諸葛亮が上表して彼の罪を赦すよう願うと、先主は「芳しい蘭でも門に生えれば、鋤き取らざるをえない」と答えた。張裕はついに市で処刑された。 正史 蜀書 巻12 §13–15
のちに魏氏が帝位に立ったことと先主が崩御したことは、いずれも張裕が予言したとおりであった。彼は人相術にも通じ、鏡を手にして顔を見るたびに自分が刑死することを悟り、鏡を地に投げつけないことはなかった。陳寿の本文は彼が処刑された年を記しておらず、巻12の評は周群が天を占って験があったと述べるだけで、張裕には触れない。 正史 蜀書 巻12 §15 · 102
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力62
- 政治40
- 魅力35
- 徳30
- 処世15
- 文芸48
- 弁舌50
- 用人60
項目別の根拠
正直接の記録なし — 後部司馬・従事の経歴から推定蜀書 巻12 §13
正直接の記録なし — 後部司馬・従事の経歴から推定蜀書 巻12 §13
正魏の禅譲と先主の崩御は予言どおりになった(漢中の戦いへの諫言は外れたと先主が言った)蜀書 巻12 §11蜀書 巻12 §15
正直接の記録なし — 後部司馬・従事の経歴から推定蜀書 巻12 §13
正先主が常々彼の不遜を根に持っていた蜀書 巻12 §14
正先主のからかいに不遜な皮肉で応じ、ひそかな予言を漏らした蜀書 巻12 §13蜀書 巻12 §14
正不遜と言葉を漏らしたことで獄に下され、市で処刑された蜀書 巻12 §14蜀書 巻12 §15
正直接の記録なし — 後部司馬・従事の経歴から推定蜀書 巻12 §13
正先主のからかいを「潞涿君」の故事で即座に切り返した蜀書 巻12 §14
正無名の鄧芝を見て、大将軍・諸侯に至ると見抜いた蜀書 巻15 §2
スペシャル — 才能 正史 +50
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占術・天文
正名手 +25 占候に通じ、天賦の才が周群より勝っていたと記される蜀書 巻12 §11蜀書 巻12 §15
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観相
正名手 +25 人相術に通じ、鏡を見るたびに自分が刑死することを知り、鄧芝には大将軍・列侯に至ると告げた蜀書 巻12 §15蜀書 巻15 §2
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。