李伏
人物紹介
李伏は演義に魏王曹丕の中郎将として登場する人物である。演義第79回で各地に瑞兆が現れたとの報告が入ると、彼は太史丞許芝とともに、これは魏が漢に代わる兆しであるから禅譲を受ける礼を整えようと相談し、第80回では献帝の前で、魏王が即位してから現れた祥瑞を並べ立て、魏が漢に代わる兆しであると奏上する。 演義 第79回 §39演義 第80回 §3
演義では全120回のうち第79回・第80回の2回に登場し、名が回目に入った回はない。陳寿の本文には登場せず、裴松之の注にのみ記録がある。陳寿の本文の文帝紀は、延康元年(220)8月に石邑県が鳳凰が集まったと報告したことと、漢の皇帝が兼御史大夫張音に璽綬を奉じさせて位を譲り、魏王が繁陽に壇を築いて帝位に即いたことを記す。 演義 第79回 §39演義 第80回 §3正史 魏書 巻2 §2 · 11 · 13 · 16
演義の描写
演義第79回で魏王曹丕は王位に即いたのち文武の官僚を昇進させ、甲兵30万を率いて沛国譙県を巡幸し、先祖の墓を祀る。夏侯惇が危篤との知らせに鄴郡へ戻ると夏侯惇はすでに死んでおり、曹丕は彼のために喪服を着て手厚い礼で葬る。 演義 第79回 §38
その年の8月ごろ、石邑県に鳳凰が飛来して舞い、臨淄城に麒麟が現れ、鄴郡に黄龍が現れたとの報告が入る。そこで中郎将李伏は太史丞許芝と相談し、こうしたさまざまな瑞兆は魏が漢に代わる兆しであるから、禅譲を受ける礼を整えて漢の皇帝に天下を魏王へ譲らせようと言う。こうして華歆・王朗・辛毗・賈詡・劉廙・劉曄・陳矯・陳群・桓階ら文武の官僚40人余りとともにまっすぐ内殿に入り、献帝に魏王曹丕へ帝位を禅譲するよう請う。 演義 第79回 §39
第80回で華歆が、堯・舜の道にならって魏王に禅譲するよう奏上すると、献帝は大いに驚き、高祖が築いて400年続いてきた祖宗の大業をどうしてむやみに捨てられようかと言い、改めて議論せよと命じる。華歆は李伏と許芝を連れて進み出て、お信じにならないならこの二人にお尋ねくださいと言う。李伏は、魏王が即位してから麒麟が生まれ、鳳凰が飛来して舞い、黄龍が現れ、嘉禾が盛んに生え、甘露が降ったのであり、これは天が祥瑞を示したもので、魏が漢に代わる兆しであると奏上する。 演義 第80回 §1–3
続いて許芝が天象と図讖を解いて、魏は許昌で漢の禅譲を受けるべきだと奏上するが、献帝は祥瑞も図讖もみな虚妄のことだと退ける。王朗が早く退き避けなければ変事が起こると迫ると、献帝は大声で泣いて後殿に入ってしまい、百官はあざ笑って退出する。李伏はこののち演義に登場しない。 演義 第80回 §3–5
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率33
- 武力31
- 知力40
- 政治35
- 魅力35
- 徳28
- 処世48
- 文芸38
- 弁舌45
- 用人33
項目別の根拠
演直接の記録なし — 中郎将の官職第79回 §39
演直接の記録なし第79回 §39
演直接の記録なし第79回 §39
演直接の記録なし第79回 §39
演直接の記録なし第80回 §3
演魏が漢に代わる兆しだとして禅譲の議論を主導した第79回 §39
演直接の記録なし第80回 §3
演献帝の前で祥瑞は魏の兆しであると奏上した第80回 §3
演直接の記録なし第79回 §39
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(2回)
登場登場なし 登場回の一覧 →