韓猛
| 職業 | 正演武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 正演 | 収録 | |
| 実在 | 実在 | 言及 | 正3回 |
人物紹介
韓猛は袁紹の将である。正史には独立した伝がなく、魏書巻10荀彧荀攸賈詡伝の荀攸の条に一度現れるだけで、字・出身・年齢は記されていない。 正史 魏書 巻10 §59
建安5年(200)、曹操が官渡で袁紹と対峙して兵糧が尽きかけた時、荀攸は、袁紹の輸送車を率いる韓猛は鋭いが敵を侮っているとして、これを攻めるよう勧めた。曹操が遣わした徐晃と史渙が途中で迎え撃って彼を破って敗走させ、輜重を焼いた。 正史 魏書 巻10 §59正史 魏書 巻1 §58 · 68
陳寿は巻10の評で彼に触れていない。演義では第30回の1回にのみ登場し、回目に名が入った回はない。官渡で袁紹の左右に居並ぶ将として現れ、兵糧車数千台を護送していたところを徐晃・史渙に襲われて逃げる。 正史 魏書 巻10 §90–91演義 第30回 §5 · 17–18
正史の記録
建安5年(200)、曹操は白馬から撤退する際に輜重を囮にして袁紹の騎将文醜を斬ったのち、官渡で袁紹と対峙した。兵糧がまさに尽きようとした時、荀攸は曹操に、袁紹の輸送車がまもなく到着するが、その将の韓猛は鋭いが敵を侮っているので、攻めれば破ることができると言った。曹操が誰を遣わせばよいかと尋ねると、荀攸は徐晃がよいと答えた。そこで曹操は徐晃と史渙を遣わして途中で迎え撃たせ、二人は韓猛を破って敗走させ、その輜重を焼いた。続いて許攸が来降した。 正史 魏書 巻1 §58正史 魏書 巻10 §58–59
武帝紀も、袁紹の穀物車数千台が到着すると、曹操が荀攸の策を用いて徐晃と史渙を遣わして迎え撃たせ、大いに破ってその車をすべて焼いたと記すが、車を率いた将の名は明らかにしない。徐晃伝は、徐晃が史渙とともに故市で袁紹の輸送車を攻めて功が最も多かったので、都亭侯に封じられたと記す。 正史 魏書 巻1 §68正史 魏書 巻17 §58
陳寿の本文で韓猛の名が見えるのは荀攸伝のこの箇所だけであり、その後彼がどうなったかは記されていない。陳寿は巻10の評で荀彧・荀攸・賈詡を論じただけで、韓猛には触れていない。 正史 魏書 巻10 §59 · 90–91
演義の描写
演義第30回で、官渡に出てきた袁紹の軍と曹操の軍が陣を布くと、金の兜に金の鎧をまとって陣頭に立つ袁紹の左右に、張郃・高覧・韓猛・淳于瓊らの諸将が居並ぶ。 演義 第30回 §5
袁紹の軍が30余里ほど退いたのち、徐晃の部将史渙が袁紹軍の間者を捕らえる。間者は、まもなく大将の韓猛が兵糧を運んでくるので、先に道を探りに来たと白状する。荀攸は、韓猛は匹夫の勇があるだけだとして、軽騎数千で途中から攻めて兵糧を断とうと言い、徐晃を推挙する。曹操は徐晃と史渙を先に出し、続いて張遼・許褚に兵を率いて支援に向かわせる。 演義 第30回 §16–17
その夜、韓猛は兵糧車数千台を護送して袁紹の陣へ向かう途中、山の谷間から出てきた徐晃・史渙に行く手を遮られる。韓猛は馬を飛ばして出て徐晃と戦うが、史渙が人夫たちを蹴散らし兵糧車に火を放つと、支えきれずに馬首を返して逃げる。徐晃は輜重をすべて焼き、袁紹が急いで遣わした張郃・高覧は、張遼・許褚の兵まで到着して挟み撃ちにされ、蹴散らされる。 演義 第30回 §17–19
敗残の兵を率いて陣に戻った韓猛を、袁紹は大いに怒って斬ろうとするが、官吏たちがとりなして免れさせる。審配は、烏巣は兵糧を蓄えた所なので大軍で守らねばならないと言い、袁紹は大将の淳于瓊に烏巣を守らせる。韓猛はこの回以後登場しない。 演義 第30回 §20
演義と異なる点
輸送を知った経緯:演義第30回では、史渙が捕らえた間者が、大将の韓猛が兵糧を運んでくると白状する。正史荀攸伝では、荀攸が袁紹の輸送車がまもなく到着するとして韓猛を攻めるよう勧めており、間者の話はない。 演義 第30回 §16正史 魏書 巻10 §59
荀攸の評:演義第30回で荀攸は、韓猛は匹夫の勇があるだけだと言う。正史荀攸伝で荀攸は、韓猛は鋭いが敵を侮っていると言った。 演義 第30回 §16正史 魏書 巻10 §59
戦った軍勢:演義第30回では、徐晃・史渙の後から張遼・許褚が続き、袁紹が遣わした張郃・高覧をともに攻めて蹴散らす。正史の荀攸伝と武帝紀は、徐晃と史渙を遣わして破ったと記すだけで、張遼・許褚と張郃・高覧はこの戦いに現れない。 演義 第30回 §17–19正史 魏書 巻10 §59正史 魏書 巻1 §68
敗れた後:演義第30回で袁紹は、戻ってきた韓猛を斬ろうとするが、官吏たちのとりなしでやめる。正史は韓猛を破って敗走させたというところで終わり、その後のことを記さない。 演義 第30回 §20正史 魏書 巻10 §59
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
- 統率3532−3
- 武力6255−7
- 知力3028−2
- 政治3333±0
- 魅力3835−3
- 徳4545±0
- 処世3835−3
- 文芸3131±0
- 弁舌3131±0
- 用人3333±0
演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上
10点以上の差がある項目はありません — 演義も正史とほぼ同じように描いています。
近い項目 10件 — 根拠を見る
正輸送部隊を護送中に徐晃・史渙に迎え撃たれて敗走した魏書 巻10 §59
正荀攸が鋭いと評した魏書 巻10 §59
正荀攸が敵を侮っていると評した魏書 巻10 §59
演荀攸が匹夫の勇があるだけだと評した第30回 §16
正直接の記録なし — 袁紹の輸送の将としての事績から推定魏書 巻10 §59
演直接の記録なし — 袁紹の将としての事績から推定第30回 §16
正直接の記録なし — 袁紹の輸送の将としての事績から推定魏書 巻10 §59
演直接の記録なし — 袁紹の将としての事績から推定第30回 §16
正直接の記録なし — 袁紹の輸送の将としての事績から推定魏書 巻10 §59
演直接の記録なし — 袁紹の将としての事績から推定第30回 §16
正直接の記録なし — 袁紹の輸送の将としての事績から推定魏書 巻10 §59
演直接の記録なし — 袁紹の将としての事績から推定第30回 §16
正直接の記録なし — 袁紹の輸送の将としての事績から推定魏書 巻10 §59
演直接の記録なし — 袁紹の将としての事績から推定第30回 §16
正直接の記録なし — 袁紹の輸送の将としての事績から推定魏書 巻10 §59
演直接の記録なし — 袁紹の将としての事績から推定第30回 §16
正直接の記録なし — 袁紹の輸送の将としての事績から推定魏書 巻10 §59
演直接の記録なし — 袁紹の将としての事績から推定第30回 §16
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →