戦い

汜水関の戦い 汜水關之戰

事件紹介

汜水関の戦いは、演義第5回で董卓を討つために起こった十七路の諸侯が、董卓の部将華雄の守る汜水関を攻めた戦いで、討伐董卓之戦の一幕である。先鋒の孫堅は胡軫を斬って関の前まで攻め寄せたが、袁術が兵糧を送らなかったため華雄の夜襲に敗れて祖茂を失う。華雄は兪渉・潘鳳まで斬るが、馬弓手であった関羽が出て行き、酒が冷めないうちにその首を斬って持ち帰る。第6回で董卓が洛陽を捨てると、董卓の部将趙岑が関を明け渡す。 演義 第5回 §7–9 · 17 · 23 · 25–28 · 32 · 35–36演義 第6回 §12

陳寿の本文に汜水関は出てこない。孫堅伝は、孫堅が梁東で董卓の軍に大敗して数十騎とともに包囲を破って脱出した後、再び兵を集めて陽人で戦い、董卓の軍を大いに破って都督華雄らを斬ったと記す。 正史 呉書 巻1 §16–17

演義の描写

演義第5回で、袁紹を盟主に立てた諸侯が汜水関へ向かう先鋒を求めると、長沙太守孫堅が自ら名乗り出る。急報を受けた董卓の前に呂布が進み出ると、その後ろの華雄が鶏を割くのになぜ牛刀を用いるのかと言って進み出、董卓は華雄を驍騎校尉として李粛・胡軫・趙岑とともに騎兵・歩兵5万で関へ送る。孫堅に一番手柄を奪われるのを恐れた鮑信は、弟の鮑忠をひそかに間道から送って戦いを挑ませるが、鮑忠は華雄の刀に斬られる。 演義 第5回 §16–21

孫堅は程普・黄蓋・韓当・祖茂の四将を率いて関の前に至り、程普が関から出てきた胡軫の喉を突いて殺す。孫堅は梁東に退いて駐屯し、袁術に兵糧を催促するが、孫堅が洛陽を破って董卓を殺せば狼を除いて虎を得るようなものだと聞かされた袁術は兵糧を送らない。軍中が乱れた隙に華雄と李粛が夜に前後から陣営を攻めると、孫堅は赤い頭巾を祖茂の兜と取り替えてかぶって間道から脱出し、頭巾を柱に掛けて隠れていた祖茂は華雄に斬られる。 演義 第5回 §22–28

諸侯が集まった席に華雄が孫堅の赤い頭巾を竿に掛けて戦いを挑んでくると、袁術の部将兪渉と韓馥の上将潘鳳が相次いで出て行って斬られる。馬弓手の関羽が華雄の首を取ってくると名乗り出ると、袁術は一介の弓手がみだりに大口をたたくと叱るが、曹操は彼をかばって熱い酒を一杯注がせる。関羽は酒を注いでおけと言って出て行き、太鼓の音と鬨の声が響いた後、華雄の首を提げて戻って地に投げると、酒はまだ温かい。 演義 第5回 §31–36

張飛がこの勢いで関に攻め込んで董卓を生け捕りにしようと叫ぶと、袁術は県令配下の雑兵だと言って追い出そうとし、曹操はひそかに牛肉と酒を送って三人をねぎらう。華雄を失った董卓は袁紹の叔父袁隗の一家を皆殺しにし、李傕・郭汜に5万で汜水関を守らせるが戦わないようにさせ、自ら虎牢関へ進む。第6回で董卓が洛陽を捨てて去ると、趙岑が汜水関を明け渡し、孫堅が兵を駆って真っ先に入る。 演義 第5回 §38–41演義 第6回 §12

演義と異なる点

華雄を斬った者:演義第5回では、馬弓手関羽が酒が冷めないうちに華雄を斬る。正史の孫堅伝では、孫堅が散った兵を再び集めて陽人で戦い、董卓の軍を大いに破って、その都督華雄らの首を斬ってさらした。 演義 第5回 §35–36正史 呉書 巻1 §17

孫堅の敗戦と祖茂:演義第5回で孫堅は兵糧が絶えた隙に華雄の夜襲を受けて敗れ、孫堅の赤い頭巾を受け取ってかぶった祖茂は華雄に斬られる。正史では、孫堅は梁東に移って駐屯したところを董卓の軍に大いに攻められて数十騎と包囲を破り、赤い頭巾を受け取ってかぶった祖茂は追われると、墓の間の焼けた柱に頭巾をかぶせて草むらに伏して隠れ、董卓の騎兵はそれが柱だと気づいて去った。 演義 第5回 §26–28正史 呉書 巻1 §16–17

袁術の兵糧:演義第5回では、袁術が人の言を聞いて兵糧を送らなかったために孫堅が敗れ、第6回で孫堅が地に線を引いて問い詰めると、袁術は讒言した者を斬る。正史では、陽人の戦いの後、ある者の離間によって袁術が兵糧を送らなくなると、孫堅は夜に百余里を馬で駆けて袁術に会い、地に図を描いて問い詰め、袁術はすぐに兵糧を調達して送った。 演義 第5回 §25演義 第6回 §1正史 呉書 巻1 §18

3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。

交戦勢力

区分甲乙
勢力董卓勢力
指揮官孫堅, 鮑忠, 関羽華雄, 胡軫, 李粛(李肅), 趙岑
兵力暗撥其弟鮑忠,先將馬步軍三千撥馬步軍五萬,同李肅、胡軫、趙岑星夜赴關迎敵

勢力・指揮官・兵力・死傷者は原文と照合(3KDEX)。兵力・死傷者は原文に記された数値のみ掲載。 出典:第5回 §36

演義の登場回 (2)

正史の登場巻 (1)