楊柏
| 職業 | 演武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 死因 | 演殺害 推定 | ||
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
楊柏は演義に漢中の張魯の大将として登場する人物で、楊松の弟である。第64回で馬超を婿にしようとする張魯を諫めて馬超の恨みを買い、それを知ると兄の楊松と相談して、自らも馬超を除こうと企てる。 演義 第64回 §48–49
第65回では張魯の命で軍を監督し、馬超・馬岱とともに葭萌関を攻めるが、魏延と戦って十合もたたずに敗走する。李恢の説得を受け入れた馬超は楊柏を呼び入れて一太刀で斬り、その首を携えて李恢とともに関に上り、劉備に降伏する。 演義 第65回 §1 · 7 · 11 · 35
演義全120回のうち第64・65回の2回に登場し、名が回目に入った回はない。陳寿の本文と裴松之の注には同じ漢字の名(楊柏)は登場しない。陳寿の本文の霍峻伝には、張魯が将の楊帛を遣わし、ともに葭萌城を守ろうと霍峻を誘ったが、霍峻が「小人の首は得られても、城は得られぬ」と言うと退いたと記されている。 演義 第64回 §48演義 第65回 §35正史 蜀書 巻11 §2–3
演義の描写
演義第64回で、夏侯淵の大軍に追われて逃げた馬超は、龐徳・馬岱と相談して漢中の張魯に身を寄せる。張魯は、馬超を得れば西は益州を呑み、東は曹操を防げると考え、娘を与えて婿にしようとする。大将の楊柏は「馬超の妻子が惨禍に遭ったのは、すべて馬超が招いた害です。主公はどうして娘を彼に与えられましょうか」と諫め、張魯はその言に従って婿取りの議をやめる。ある者が楊柏の言葉を馬超に告げると、馬超は激怒して楊柏を殺そうという気持ちを抱く。 演義 第64回 §46–48
これを知った楊柏は兄の楊松と相談し、自らも馬超を除こうと企てる。そのころ劉璋が遣わした黄権が、楊松を通じて、救ってくれれば二十州で報いると申し出ると、張魯は従うことにする。閻圃が従ってはならないと諫めるが、第65回で馬超が進み出て、葭萌関を攻め取り劉備を生け捕りにしてみせると言う。張魯は兵二万を馬超に与えて楊柏に軍を監督させ、馬超は弟の馬岱とともに日を選んで出発する。 演義 第64回 §49–50演義 第65回 §1
孟達と霍峻が守る葭萌関を、馬超が楊柏・馬岱とともにきわめて急に攻めているという早馬が劉備のもとに届く。諸葛亮は魏延に哨騎五百を率いて先に行かせ、張飛を第二陣、劉備を後陣として葭萌関へ進ませる。先に関の下に着いた魏延はちょうど楊柏と出くわして戦い、十合もたたずに楊柏は敗走する。魏延は張飛の一番手柄を奪おうと勢いに乗って追いかけるが、馬岱に出会って左腕に矢を受ける。 演義 第65回 §7 · 11–12
その後、張魯が楊松の言を聞いて馬超に一か月期限の三つの条件を突きつけ、要路を塞ぐと、馬超は進むことも退くこともできなくなる。諸葛亮が遣わした李恢は馬超に、前に進んでは劉璋を救って荊州の軍を退けることができず、後ろに退いては楊松を制して張魯に顔を合わせることもできないと述べ、父の仇を討って功名を立てるよう説く。馬超は大いに喜び、すぐに楊柏を呼び入れて一太刀で斬り、その首を携えて李恢とともに関に上り、劉備に降伏する。 演義 第65回 §27–28 · 31 · 34–35
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率45
- 武力35
- 知力45
- 政治31
- 魅力35
- 徳40
- 処世38
- 文芸31
- 弁舌48
- 用人35
項目別の根拠
演直接の記録なし — 馬超の軍を監督した記録から推定第65回 §1
演魏延と戦い十合もたたずに敗走第65回 §11
演馬超が妻子に禍を招いたとして、婿にする害を指摘第64回 §48
演直接の記録なし — 武将であることから推定第64回 §48
演直接の記録なし — 行跡から推定第64回 §48
演直接の記録なし — 行跡から推定第64回 §49
演直接の記録なし — 武将であることから推定第64回 §48
演諫言によって張魯に婚姻の議をやめさせた第64回 §48
演直接の記録なし — 行跡から推定第65回 §1
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。