審栄 審榮
| 職業 | 正武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 正演 | 収録 | |
| 出生 | 出身地 | 魏郡 推定 | |
| 実在 | 実在 | 言及 | 正2回 |
人物紹介
審栄は、袁尚のもとで鄴を守った審配の兄の子である。正史に独立した伝はなく、陳寿の本文では魏書巻1武帝紀と巻6董二袁劉伝に一度ずつ名が見える。建安9年(204)8月、曹操の軍に包囲された鄴で、自分が守っていた東門を夜に開いて兵を入れ、審配が捕らえられて斬られ、鄴は平定された。 正史 魏書 巻1 §81 · 84正史 魏書 巻6 §66
演義では第32回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。演義は彼を審配の甥とし、日ごろ辛毗と親しく、審配が辛毗の家族を殺すと憤りを抱いて、城門を献じるという書状を矢に結びつけて城下へ射込み、翌日夜が明けると西門を開いて曹操の軍を入れた人物として描く。 演義 第32回 §47–48
正史の記録
建安9年(204)2月、袁尚は再び袁譚を攻めに向かうにあたり、蘇由と審配を残して鄴を守らせた。曹操は鄴を攻め、5月には漳水を決壊させて城に水を注ぎ、城内で餓死する者は半数を超えた。救援に戻った袁尚が敗れて中山へ逃れると、曹操は奪った袁尚の印綬と節鉞を、袁尚の軍から降った者たちに城内の家族へ見せさせ、城内の士気は崩れた。 正史 魏書 巻1 §81–83
8月、審配の兄の子の審栄が、自分が守っていた城の東門を夜に開いて兵を入れた。審配は迎え撃ったが敗れて捕らえられ、声と気概が剛毅壮烈で最後まで屈する言葉がないまま斬られ、鄴は平定された。陳寿の本文は、審栄の字と官職、門を開いた理由、その後の行跡を記さない。 正史 魏書 巻1 §84正史 魏書 巻6 §66
演義の描写
演義第32回、曹操は許攸の計に従って漳河の水を引き入れ冀州城に注ぎ、城内は兵糧も尽きて兵士たちが餓死する。城外の辛毗が槍の穂先に袁尚の印綬と衣服を掛けて掲げ降伏を勧めると、審配は大いに怒り、辛毗の家族の老人と子供80余人を城上で斬り、その首を城下へ投げ落とす。 演義 第32回 §46–47
審配の甥の審栄は日ごろ辛毗と親しくしていたが、辛毗の家族が殺されるのを見て心中に憤りを抱く。彼はひそかに城門を献じるという書状を書いて矢に結びつけ、城下へ射込み、兵士が拾って差し出した書状を辛毗が曹操に献じる。曹操は冀州に入っても袁氏一門の老人と子供を殺害してはならず、降伏した軍民は死を免じると先に命令を下し、翌日夜が明けると審栄が西門を大きく開いて曹操の軍を入れる。 演義 第32回 §48
東南の城楼にいた審配は城を下りて戦い、徐晃に生け捕りにされる。曹操が、門を献じて自分を迎え入れた者を知っているかと問うと審配は知らないと答え、曹操がおまえの甥の審栄が献じたのだと言うと、審配は怒って、あの小僧は素行が悪かったが、ついにこのざまになったと言う。審配は最後まで降伏せず、北に向かってひざまずいて刃を受け、審栄の名はこれ以後演義に再び出てこない。 演義 第32回 §49–52
演義と異なる点
開いた門:演義第32回で審栄は西門を大きく開いて曹操の軍を入れる。正史の武帝紀と董二袁劉伝は、いずれも彼が守っていた東門を開いたと記す。 演義 第32回 §48正史 魏書 巻1 §84正史 魏書 巻6 §66
門を開いた時:演義第32回では、矢に結んだ書状が曹操に届いた翌日、夜が明けると門を開く。正史では8月の夜に門を開いた。 演義 第32回 §48正史 魏書 巻1 §84正史 魏書 巻6 §66
理由と内通:演義第32回は、審栄が日ごろ辛毗と親しく、審配が辛毗の家族を殺すと憤りを抱き、城門を献じるという書状を矢に結んで射込んだと描く。陳寿の本文の二つの記録は、審栄が門を開いた理由も、曹操側とあらかじめ連絡していたかどうかも記さない。 演義 第32回 §47–48正史 魏書 巻1 §84正史 魏書 巻6 §66
審配との問答:演義第32回で曹操は、捕らえた審配に、門を開いたのは彼の甥の審栄だと告げ、審配はあの小僧は素行が悪いと怒る。陳寿の本文は、審配が最後まで屈する言葉がないまま斬られたと記すのみで、審栄をめぐって交わされた言葉は記さない。 演義 第32回 §50正史 魏書 巻6 §66
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
- 統率4035−5
- 武力3833−5
- 知力4545±0
- 政治3531−4
- 魅力3838±0
- 徳2832+4
- 処世5555±0
- 文芸3335+2
- 弁舌3538+3
- 用人3531−4
演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上
10点以上の差がある項目はありません — 演義も正史とほぼ同じように描いています。
近い項目 10件 — 根拠を見る
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →