花永
| 職業 | 演武将 | 所属 | 魏 |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
花永は演義第110回に登場する魏の将である。姜維が兵5万を率いて洮水に至り、水を背にして陣を布くと、雍州刺史王経は張明・花永・劉達・朱芳の四将を振り返って姜維と戦わせ、姜維が退いたらすぐに追撃せよと命じる。 演義 第110回 §34–35
四将は左右に分かれて出て姜維と戦うが、数合軽く戦って逃げる姜維を王経の軍が追ううちに、引き返して攻めかかった蜀軍と、背後に回り込んだ張翼・夏侯覇に包囲されて大敗する。 演義 第110回 §36–37
演義120回のうち第110回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。名は王経が四将を振り返るくだりに一度見えるだけで、この戦いで花永がどうなったかは記されていない。陳寿の本文にも裴松之の注にも見えない。 演義 第110回 §35–37
演義の描写
演義第110回で、許昌へ軍を返した司馬師が死ぬ。ときに正元2年(255)2月である。その跡を継いだ司馬昭は大将軍・録尚書事となり、内外の大小の事をすべて握る。西蜀の細作がこれを知らせると、姜維は後主に、司馬昭は大権を握ったばかりで軽々しく洛陽を離れられないだろうと言って、この隙に魏を討ちたいと願い出、後主はこれに従う。 演義 第110回 §26–31
漢中に至った姜維に、征西大将軍張翼は、蜀の地は狭く銭糧が乏しいので遠征すべきではないと言うが、姜維は丞相の遺命を受けたからにはその志を継がねばならないと言って聞き入れない。夏侯覇は軽騎を率いて先に枹罕へ出ようと言い、張翼も火急に兵を進めるべきだと言う。姜維が兵5万を率いて枹罕へ向かい洮水に至ると、雍州刺史王経が騎兵・歩兵7万を起こして迎え撃ちに来る。姜維は張翼と夏侯覇に計を授けて送り出し、自ら大軍を率いて洮水を背にして陣を布く。 演義 第110回 §31–34
王経が数人の牙将を率いて出てきて、魏と呉・蜀はすでに鼎足の勢いをなしているのに、なぜたびたび攻め入るのかと問うと、姜維は、司馬師がゆえなく主君を廃したのだから隣国であっても罪を問うべきであり、まして仇敵の国であればなおさらだと答える。王経は張明・花永・劉達・朱芳の四将を振り返り、蜀軍は水を背にして陣を布いたので敗れればみな水に溺れて死ぬだろう、姜維は驍勇であるから四将は彼と戦い、彼が退いたらすぐに追撃せよと命じる。 演義 第110回 §35–36
四将は左右に分かれて出て姜維と戦う。姜維は数合軽く戦うと馬首を返して自陣の方へ逃げ、王経は兵馬を大いに駆って一斉に追う。姜維は兵を率いて洮水の方へ逃げ、水際近くまで来ると、事は急であると将兵に大声で呼びかける。諸将が一斉に奮い立って引き返して斬り込むと、魏軍は大敗する。 演義 第110回 §36
張翼と夏侯覇が魏軍の背後に回り込み、二手に分かれて攻め寄せて魏軍を真ん中に包囲する。魏軍は互いに踏みつけ合って死んだ者が大半で、洮水に追い込まれて溺れた者は数えきれず、斬った首は1万余り、屍は数里にわたって積み重なる。王経は敗残の騎兵百騎を率いて狄道城へ逃げ込み、門を閉ざして守る。演義は花永をはじめとする四将がこの戦いでどうなったかを記さず、その後花永を登場させない。 演義 第110回 §37
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率40
- 武力44
- 知力36
- 政治33
- 魅力35
- 徳45
- 処世36
- 文芸31
- 弁舌31
- 用人31
項目別の根拠
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演直接の記録なし — 王経配下の魏の将としての役割から推定第110回 §35
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。