馮礼 馮禮
| 職業 | 正演武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 正演 | 収録 | |
| 死去 | 死去地 | 演鄴県 | |
| 死因 | 演戦死 推定 | ||
| 実在 | 実在 | 言及 | 正1回 |
人物紹介
馮礼は、袁尚が鄴を任せた審配の部将である。建安9年(204)、曹操が鄴を攻めて地下道を掘った際、突門を開いて曹操の兵300余人を入れたが、審配がこれに気づき、城上から大石で突門内の柵門を打ち閉じたので、入った者はみな死んだ。 正史 魏書 巻1 §81正史 魏書 巻6 §63
陳寿の本文にはこの一節にのみ見え、彼が門を開いた理由やその後のことは記されていない。演義には第32回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。演義は彼を、審配に罰せられて恨みを抱き曹操に降った東門の守将として描き、地下道から入るところで閘門が閉じ、壮士300人とともに土中で死なせる。 正史 魏書 巻6 §63演義 第32回 §36–37
正史の記録
建安9年(204)2月、袁尚は審配と蘇由に鄴を守らせ、再び平原の袁譚を攻めた。曹操が鄴から50里の洹水に至ると、蘇由は内応しようとしたが謀が漏れ、城内で審配と戦って敗れ、曹操のもとへ逃れた。曹操は鄴を攻めて地下道を掘り、審配も内側に塹壕を掘って対抗した。 正史 魏書 巻1 §81正史 魏書 巻6 §63
この時、審配の部将馮礼が突門を開いて曹操の兵300余人を入れた。審配はこれに気づき、城上から大石で突門内の柵門を打ち、柵門が閉じると入った者はみな死んだ。陳寿の本文は、馮礼がなぜ門を開いたのか、その後馮礼がどうなったのかを記さない。 正史 魏書 巻6 §63
同年8月、審配の兄の子審栄が夜に自ら守っていた東門を開いて曹操の兵を入れたことで鄴は平定され、審配は捕らえられて斬られた。馮礼の名は陳寿の本文では前述の一節にのみ見える。 正史 魏書 巻1 §84正史 魏書 巻6 §66 · 63
演義の描写
演義第32回で、袁尚は審配と陳琳に冀州を守らせ、平原の袁譚を攻めに行く。曹操は曹洪にまず鄴を攻めさせ、自ら尹楷と沮鵠を破ったのち、大軍を率いて冀州に至る。曹操は三軍に城をぐるりと囲んで土山を築かせ、またひそかに地下道を掘って攻めさせる。 演義 第32回 §32–36
審配は計を立てて堅く守り、法令を非常に厳しくする。東門を守る将馮礼が酒に酔って巡警を誤ると、審配は彼を厳しく罰し、馮礼は恨みを抱いてひそかに城を出て曹操に降る。城を破る策を問う曹操に、馮礼は突門の内側は土が厚いので、地下道を掘って入ることができると答える。 演義 第32回 §36
曹操は馮礼に壮士300人を率いさせ、真夜中に地下道を掘って入らせる。審配は馮礼が出て降って以来、毎夜自ら城に上って軍馬を点検していたが、その夜、突門の楼閣の上から城外に灯火がないのを見て、馮礼が兵を率いて地下道から入ってこようとしているのだと言う。審配が急いで精兵を呼び、石を運ばせて突門の閘門を打ち下ろさせると、門が閉じて馮礼と壮士300人はみな土中で死ぬ。曹操はこの戦いで損害を受けると地下道の計をやめ、洹水のほとりに兵を退く。 演義 第32回 §37–38
演義と異なる点
降伏の経緯:演義第32回で馮礼は酒に酔って巡警を誤り、審配に厳しく罰せられ、恨みを抱いてひそかに城を出て曹操に降る。正史では審配の部将馮礼が突門を開いて曹操の兵を入れたと記すのみで、罰を受けたことや城を出て降ったこと、門を開いた理由は記さない。 演義 第32回 §36正史 魏書 巻6 §63
入った道:演義では馮礼の言に従い、曹操が馮礼に壮士300人を率いさせて地下道を掘って入らせる。正史でも曹操が地下道を掘り、審配が内側に塹壕を掘って対抗したが、曹操の兵300余人は馮礼が開いた突門から入った。 演義 第32回 §36–37正史 魏書 巻6 §63
審配が気づいた経緯:演義では、毎夜城に上って点検していた審配が城外に灯火がないのを見て、地下道から入ってこようとしているのだと推し量る。正史は審配がこれに気づいたと記すのみで、どうして知ったのかは明らかにしない。 演義 第32回 §37正史 魏書 巻6 §63
馮礼の死:演義では閘門が閉じると馮礼と壮士300人がみな土中で死ぬ。正史では柵門が閉じると「入った者」がみな死んだと記すのみで、門を開いた馮礼がどうなったのかは明らかにしない。 演義 第32回 §37正史 魏書 巻6 §63
東門:演義で馮礼は東門を守る将であり、のちに城門を献じた審栄は西門を開く。正史は馮礼がどの門を守っていたかを記さず、東門は審配の兄の子審栄が守っていた門で、彼が夜にこの門を開いて曹操の兵を入れたことで鄴が平定された。 演義 第32回 §36 · 48正史 魏書 巻6 §63正史 魏書 巻1 §84
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
- 統率4040±0
- 武力4040±0
- 知力4040±0
- 政治3331−2
- 魅力3532−3
- 徳2518−7
- 処世3530−5
- 文芸3131±0
- 弁舌3333±0
- 用人3131±0
演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上
10点以上の差がある項目はありません — 演義も正史とほぼ同じように描いています。
近い項目 10件 — 根拠を見る
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →