賈逵
| 職業 | 正学者 | 所属 | 後漢 |
|---|---|---|---|
| 登場 | 正 | 収録 | |
| 出生 | 出身地 | 河東郡 | |
| 実在 | 実在 | 言及 | 正4回 |
人物紹介
賈逵は経書を解釈した学者である。魏書巻15に伝がある魏の賈逵(字は梁道)とは同名の別人である。正史には独立した伝がなく、陳寿の本文は彼の字や本籍、官職と生没を記していない。彼の名は陳寿の本文に4度現れるが、1度は『左氏春秋』の注釈家である「賈逵父子」として、3度は馬融と並べてくくられた経学の一系統としてである。 正史 魏書 巻15 §67–68正史 蜀書 巻12 §43 · 47正史 魏書 巻4 §67正史 魏書 巻13 §96
蜀の尹黙は『左氏春秋』を学んで賈逵父子の注釈まで暗誦し、蜀の李譔と魏の王粛は賈逵と馬融の学に従って鄭玄と異なっていた。甘露元年(256)の太学では、博士庾峻が、賈逵・馬融と王粛はみな「稽古」を「古の道に順って考えた」と解したと答えた。演義には登場しない。 正史 蜀書 巻12 §43 · 47正史 魏書 巻13 §96正史 魏書 巻4 §60 · 67
正史の記録
陳寿の本文は後漢の学者賈逵の伝を別に立てておらず、彼の字や本籍、官職と生没を記していない。彼の名は後の時代の学者たちの経学を説明する箇所にだけ4度現れる。 正史 蜀書 巻12 §43 · 47正史 魏書 巻4 §67正史 魏書 巻13 §96
蜀書巻12の尹黙の箇所によれば、益州では多くが今文を尊んで章句の学を重んじなかったが、梓潼郡涪県の人尹黙はそれが広くないことを知り、遠く荊州に遊学して司馬徳操・宋仲子らから古学を受けた。尹黙は『左氏春秋』を専ら究め、劉歆の『条例』から鄭衆、賈逵父子、陳元、服虔の注釈と解説に至るまで、ほぼすべてを暗誦して述べ、もはや本を開いて見ることはなかった。陳寿の本文は、賈逵父子の父が誰であるかは記していない。 正史 蜀書 巻12 §43
同じ巻の李譔の箇所によれば、李譔の父李仁は同じ県の尹黙とともに荊州に遊学して司馬徽・宋忠らに学び、李譔はその学業を余すところなく受け継いだ。李譔は古文の『易』『尚書』『毛詩』『三礼』『左氏伝』と『太玄指帰』を著したが、いずれも賈逵と馬融を基準とし、鄭玄とは異なっていた。陳寿は、李譔は王粛と遠く隔たっていて初めからその著述を見ていなかったが、意味の帰するところは多くが同じであったと記した。 正史 蜀書 巻12 §46–47
魏書巻13の王粛の箇所によれば、王粛は初め賈逵と馬融の学を好み、鄭氏すなわち鄭玄の学を好まなかった。彼は諸説の異同を集めて『尚書』・『詩』・『論語』・三礼・『左氏』の解釈を著し、父王朗が著した『易伝』を編纂・確定したが、いずれも学官に立てられた。鄭玄の門下で学んだ楽安の孫叔然は、王粛が『聖証論』を編んで鄭玄をそしると、これに反駁して解き明かした。 正史 魏書 巻13 §96–97
甘露元年(256)夏4月、高貴郷公曹髦が太学に行幸し、儒者たちに経書の意味を問うた。『尚書』を講じた際、皇帝は「稽古」について、鄭玄は堯が天に等しかったという意味だとし、王粛は堯が古の道に順って考え行ったという意味だとしたが、どちらが正しいかと問うた。博士庾峻は、先儒の見解は互いに食い違っていて自分には決められないとしながらも、「洪範」の「三人占えば二人の言に従う」に照らせば、賈逵と馬融、そして王粛がみな「古の道に順って考えた」と見ているので、王粛の説が優れていると答えた。皇帝は、堯の大いなる美点は天に則ったことにあるとしてこれに反問した。 正史 魏書 巻4 §48 · 60–62 · 67–68
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力45
- 政治38
- 魅力45
- 徳45
- 処世40
- 文芸88
- 弁舌38
- 用人38
項目別の根拠
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正その学問が馬融の学とともに尹黙・李譔・王粛の拠り所となった経学者蜀書 巻12 §43蜀書 巻12 §47魏書 巻13 §96
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正直接の記録なし — 後漢の経学者としての役割から推定蜀書 巻12 §43
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
所属の変遷
- 後漢 · 正史 · 「鄭眾、賈逵父子、陳元、方服虔注說」 · s47 「皆依準賈、馬」 · 「賈、馬及肅皆以為」 · 「肅善賈、馬之學」