卜静 卜靜
人物紹介
卜静は呉の初期の呉郡の人である。正史には独立した伝がなく、陳寿の本文では呉書巻7張顧諸葛歩伝の顧邵の箇所と、巻12虞陸張駱陸吾朱伝の吾粲の箇所に名が一度ずつ見える。どちらの箇所も彼を陸遜と並んで当時名の知られた人物として挙げている。 正史 呉書 巻7 §37正史 呉書 巻12 §77
陳寿の本文は彼の字や官職、事跡、死を記しておらず、巻7と巻12の評でも取り上げていない。演義には登場しない。 正史 呉書 巻7 §37 · 100正史 呉書 巻12 §77 · 89–90
正史の記録
顧邵の箇所は、顧雍の子顧邵が経書と史書を広く読み、人物の品評を好んだと記す。顧邵は若くして母方の叔父陸績と名を等しくし、陸遜・張敦・卜静らはみなその次であった。顧邵は州郡の将来を嘱望された者から四方の人士に至るまで行き来して会い、名声は遠近に広まり、孫権は孫策の娘を彼に嫁がせた。 正史 呉書 巻7 §36–37
吾粲の箇所は、呉郡烏程県の人吾粲が孫河のもとの小吏から始まって曲阿丞と長史を務めたと記した後、彼は孤独で微賤な身から身を起こしたが、同郡の陸遜・卜静らと肩を並べて名声を等しくしたと述べる。陳寿の本文で卜静が呉郡の人であることは、この「同郡」によって分かる。 正史 呉書 巻12 §77
陳寿の本文で卜静が出てくるのはこの二箇所だけである。彼の字や官歴、死は陳寿の本文に記されていない。陳寿は巻7の評で張昭・顧雍・諸葛瑾・歩騭・張承・顧邵を、巻12の評で虞翻・陸績・張温・駱統らを論じただけで、卜静は取り上げていない。 正史 呉書 巻7 §37 · 100正史 呉書 巻12 §77 · 89–90
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力40
- 政治42
- 魅力50
- 徳45
- 処世40
- 文芸42
- 弁舌40
- 用人38
項目別の根拠
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正同郡の陸遜らと肩を並べて名声を等しくした呉書 巻12 §77呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正直接の記録なし — 陸遜と並び称された呉郡の名士であることから推定呉書 巻7 §37
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。