張普
人物紹介
張普は演義第96回に登場する魏の曹休の大将である。石亭で東呉の軍が山の入口を押さえていると知った曹休の命で先鋒となって徐盛と戦うが数合で退き、その夜、石亭の南に伏せていたところ、魏の陣営の背後に回ってきた朱桓の軍を呉軍と知らずに近づいて問いただし、朱桓の一刀に斬られて馬から落ちる。 演義 第96回 §35–39
演義全120回のうち第96回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。陳寿の本文と裴松之の注には登場しない。陳寿の本文の曹休の伝(魏書巻9諸夏侯曹伝)は、太和2年(228)曹休が敵将の偽りの降伏に乗って深入りし、戦いが不利となって退いて石亭に宿営し、夜に軍中が驚いて兵士が乱れたと記すだけで、張普の名はない。 演義 第96回 §36正史 魏書 巻9 §58–59
演義の描写
演義第96回で、魏の揚州司馬大都督曹休は、東呉の鄱陽太守周魴が郡を挙げて降りたいと言い、ひそかに七つの事を申し述べてきたと上表し、魏は三路に大軍を起こす。周魴は自分を試す曹休の前で髪を切って信用を得、曹休は、軽々しく進むなと言い、髪を切った誓いも偽りだとした建威将軍賈逵を斬ろうとするが、諸将に止められて思いとどまり、その兵を陣営に残しておく。曹休は周魴の言に従い、大軍と車仗・器械をすべて率いて石亭に行って駐屯する。 演義 第96回 §23 · 29–33 · 35
翌日、前方に数も知れぬ呉軍が山の入口を押さえているとの報告が入り、周魴は数十人を連れて姿を消す。曹休は敵の計略にかかったと大いに悔やみながらも恐れることはないと言い、大将張普を先鋒として兵数千を率いて呉軍と戦わせる。両陣が円く向かい合うと、張普は馬を出して「賊将は早く降れ」と罵るが、迎え撃って出た徐盛と数合も戦わぬうちに支えきれず、兵を収めて戻り、徐盛の勇には当たれないと曹休に告げる。 演義 第96回 §35–36
曹休は奇兵で勝つと言って、張普に2万の軍を率いて石亭の南に、薛喬に2万の軍を率いて石亭の北に伏せさせ、翌日自分が偽って負けて敵を北の山の前までおびき出したら、砲を合図に三方から挟撃せよと言う。しかし陸遜は朱桓と全琮にそれぞれ3万の軍を与えて石亭の山道から曹休の陣営の背後に回って火を放たせ、二更ごろ朱桓の軍は魏の陣営の背後で張普の伏兵と出くわす。 演義 第96回 §37–38
張普は呉軍とは知らずにまっすぐ来て問いただしたところを朱桓の一刀に斬られて馬から落ち、魏軍はたちまち逃げる。全琮に敗れた薛喬も逃げ、陣営が大いに乱れた曹休は夾石の道を逃げ、賈逵の救援で脱する。第97回の冒頭はこの戦いを、蜀漢建興6年秋9月に曹休が石亭で陸遜に大敗したこととして記す。演義で張普の名が見えるのは第96回の四つの節だけである。 演義 第96回 §39–41 · 36–39演義 第97回 §1
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率38
- 武力35
- 知力30
- 政治31
- 魅力35
- 徳45
- 処世35
- 文芸31
- 弁舌31
- 用人31
項目別の根拠
演呉軍と知らずに近づいて問いただし、斬られた第96回 §39
演直接の記録なし — 曹休配下の大将という役割から推定第96回 §36
演直接の記録なし — 曹休配下の大将という役割から推定第96回 §36
演直接の記録なし — 曹休配下の大将という役割から推定第96回 §36
演直接の記録なし — 曹休配下の大将という役割から推定第96回 §36
演直接の記録なし — 曹休配下の大将という役割から推定第96回 §36
演直接の記録なし — 曹休配下の大将という役割から推定第96回 §36
演直接の記録なし — 曹休配下の大将という役割から推定第96回 §36
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。