夏侯徳 夏侯德
人物紹介
夏侯徳は演義に漢中の天蕩山を守る曹操方の将として登場する人物である。夏侯尚は彼を「わが兄」と呼ぶ。第70回で黄忠に敗れた張郃・夏侯尚・韓浩が訪ねてくると、ここに兵10万を駐屯させているから元の陣営を取り戻せと言い、韓浩に兵を分け与えて山を下らせる。しかし黄忠が韓浩を斬って攻め上ってくる間に山の後ろから火の手が上がり、火を消しに行った彼は伏せていた厳顔に斬られる。 演義 第70回 §40–45
演義全120回のうち第70・71回の2回に登場し、回目に名が見える回はない。彼が死ぬ戦いは第70回の回目の「老黄忠計奪天蕩山」にあたる。第71回では張郃と夏侯尚が夏侯淵に彼を失ったと知らせるだけである。陳寿の本文と裴松之の注には夏侯徳は登場しない。 演義 第70回 §41 · 45演義 第71回 §3
演義の描写
演義第70回で、張郃がまたも黄忠に敗れると、曹洪は郭淮の言に従い、夏侯惇の甥夏侯尚と降将韓玄の弟韓浩に兵5千を与えて戦いを助けさせる。二将は黄忠と戦って次々と陣営を奪い、黄忠が二日続けて退いたのは何か計略があるからだと諫める張郃を、夏侯尚は臆病だと叱りつける。諸葛亮と黄忠はこれを老将が敵を驕らせる計だと言い、黄忠は夜の二更に兵5千を率いて関を下り、気の緩んだ二将の陣営を破って、夜明けまでに三つの陣営を奪う。 演義 第70回 §30 · 33–38
漢水のほとりに退いた張郃が、兵糧と秣を置く天蕩山を守る方策を相談すると、夏侯尚は、米倉山は叔父夏侯淵が守り、天蕩山は「わが兄夏侯徳」が守っているので、そちらへ行ってこの山を守ろうと言う。夜通し駆けつけた張郃からこれまでのことを聞いた夏侯徳は、ここに兵10万を駐屯させているから率いて行って元の陣営を取り戻せと言い、張郃は固く守るべきでみだりに動いてはならないと言う。 演義 第70回 §39–42
黄忠の軍が来たとの報に、夏侯徳は老いぼれの賊は兵法を知らず勇を恃むだけだと大笑いする。黄忠には謀があると言う張郃には、西川の兵は遠路をやって来て連日疲れ果て、そのうえ敵地深く入り込んでいるのだから、これこそ謀がないのだと言い返す。韓浩が精兵3千を貸してくれれば攻めに行くと言うと、夏侯徳はついに兵を分け与えて山を下らせる。 演義 第70回 §42–43
黄忠は日が沈んだから休もうという劉封の言葉を退けて進み、一合で韓浩を斬り、蜀軍は山上へ攻め上る。その時、山の後ろで喊声とともに火の手が天に上がり、兵を率いて火を消しに行った夏侯徳は老将厳顔と出くわし、その刀に斬られて馬から落ちる。厳顔は黄忠の計の通り、あらかじめ山中の人目につかない所に伏せていて、積んでおいた薪と草の山に火を放ったのであった。前後を顧みることができなくなった張郃と夏侯尚は天蕩山を捨て、定軍山の夏侯淵のもとへ逃げる。 演義 第70回 §44–46
勝報を聞いた劉備は法正の勧めで自ら漢中を攻めることにし、演義はその時を建安23年(218)秋7月と記す。第71回で張郃と夏侯尚は夏侯淵に、天蕩山を失い、夏侯徳と韓浩を失ったと知らせ、知らせを聞いた曹操は兵40万を起こして自ら征伐に出る。 演義 第70回 §47–48演義 第71回 §3–4
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率40
- 武力35
- 知力22
- 政治35
- 魅力38
- 徳42
- 処世38
- 文芸31
- 弁舌33
- 用人35
項目別の根拠
演厳顔の刀の一撃で斬られて馬から落ちた第70回 §45
演直接の記録なし — 事績から推定第70回 §42
演直接の記録なし — 事績から推定第70回 §41
演直接の記録なし — 事績から推定第70回 §42
演直接の記録なし — 事績から推定第70回 §43
演直接の記録なし — 武将としての経歴から推定第70回 §42
演直接の記録なし — 事績から推定第70回 §42
演直接の記録なし — 事績から推定第70回 §43
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。