牛輔

正史演義 Niu Fu우보牛辅

プロフィール
職業正演武将 · 中郎将所属
登場正演収録
死因正殺害 演殺害 推定
実在実在言及正3回

人物紹介

牛輔は董卓の娘婿で、中郎将となって兵を率い、別に陝県に駐屯した。正史には独立した伝がなく、魏書巻6董二袁劉伝の李傕・郭汜の条と巻10荀彧荀攸賈詡伝の賈詡の条に見え、字・出身・年齢は記されていない。 正史 魏書 巻6 §19正史 魏書 巻10 §70

初平3年(192)4月に董卓が死ぬと、呂布は李粛を陝県に送り、詔命によって彼を誅殺しようとしたが、牛輔らは迎え撃って李粛を敗走させた。その後、陣営の兵が夜に背いて出ていくと、皆が背いたと思い込んで金と宝を持って逃げ、同行した友人の胡赤児らに首を斬られた。 正史 魏書 巻6 §16 · 19

陳寿は巻6の評で董卓の暴虐を責めたが、牛輔については別に述べていない。演義では第3回に董卓の娘婿の中郎将として初めて登場し、全120回のうち2回に登場するが、回目に名が入った回はない。第9回で岳父の仇を討とうと李傕と兵を合わせたが呂布に敗れ、腹心の胡赤児に殺される。 正史 魏書 巻6 §96演義 第3回 §2演義 第9回 §38 · 40–41

正史の記録

董卓の娘婿である中郎将の牛輔は、兵を率いて別に陝県に駐屯し、校尉の李傕・郭汜・張済を分けて派遣し、陳留と潁川の諸県を略奪させた。賈詡伝は、董卓が洛陽に入ったのち太尉掾から平津都尉となり、討虜校尉に移った賈詡が、陝に駐屯する牛輔の軍中にいたと記す。 正史 魏書 巻6 §19正史 魏書 巻10 §70

初平3年(192)4月、司徒の王允・尚書僕射の士孫瑞と董卓の将呂布がともに謀って董卓を殺した。董卓が死ぬと、呂布は李粛を陝県に送り、詔命によって牛輔を誅殺しようとした。牛輔らが迎え撃って李粛と戦うと、李粛は敗れて弘農へ逃げ、呂布が李粛を誅殺した。 正史 魏書 巻6 §16 · 19

その後、牛輔の陣営で夜に背いて抜け出す兵があり、陣中が騒然となると、牛輔は皆が背いたと思い込んだ。彼は金と宝を持ち、日頃親しくしていた友人の胡赤児ら五、六人だけを連れて城壁を越え、北へ黄河を渡った。すると胡赤児らはその金と宝に目がくらみ、牛輔の首を斬って長安に送った。 正史 魏書 巻6 §19

李傕らが戻った時、牛輔はすでに敗亡しており、軍勢は頼る所がなかったので、それぞれ散って郷里に帰ろうとした。賈詡伝は、董卓が敗れて牛輔も死ぬと軍勢は恐れ、校尉の李傕・郭汜・張済らが軍を解散し、間道から郷里へ帰ろうとしたと記す。賈詡は、長安では涼州の人を皆殺しにしようという議論があると言い、軍勢を率いて西へ向かいながら兵を集め、長安を攻めて董公の仇を討とうと説いた。李傕らはその計を用い、長安に着いた時には軍勢は10余万となっており、10日で城を陥落させた。 正史 魏書 巻6 §20正史 魏書 巻10 §70–71

陳寿は巻6の評で、董卓は狼のように凶暴で残忍、暴虐で仁がなく、文字が生まれて以来おそらくこのような者はいなかったであろうと述べたが、牛輔については別に述べていない。 正史 魏書 巻6 §96

演義の描写

演義第3回で、密書を受け取った董卓は軍馬を整えて洛陽へ進み、娘婿の中郎将牛輔に陝西を守らせ、自らは李傕・郭汜・張済・樊稠らを率いて行く。 演義 第3回 §2

第9回で、董卓の死後に赦免を得られなかった李傕らは、賈詡の言に従って10余万の軍勢を集め、四手に分かれて長安へ攻め込む。途中、董卓の娘婿の中郎将牛輔が兵5000を率いて岳父の仇を討ちに行くのに出会うと、李傕は彼と兵を合わせて先鋒とする。 演義 第9回 §36–38

呂布が送った李粛と出会った牛輔は、一戦して支えきれずに退くが、その夜の二更、李粛が備えていない隙を突いて陣を急襲する。李粛は兵の大半を失って30余里を敗走し、呂布は鋭気をくじいたとして李粛を斬り、首を軍門に掛ける。 演義 第9回 §39

翌日、呂布と対陣した牛輔は再び大敗し、その夜、腹心の胡赤児を呼んで、呂布にはとても敵わないので、李傕ら四人を欺いて金と珠を持って去ろうと言う。三、四人とともに陣を捨てて逃げ、ある川を渡ろうとした時、胡赤児は金と珠を奪おうとして牛輔を殺し、その首を呂布に献じる。呂布は随行した従者から事情を聞いて怒り、胡赤児を斬る。 演義 第9回 §40–41

演義と異なる点

李粛との戦い:演義第9回では、李傕と兵を合わせて長安へ向かう牛輔が李粛と戦い、昼は退いたが夜に陣を急襲して勝ち、呂布は鋭気をくじいたとして李粛を斬る。正史では、董卓が死ぬと呂布が李粛を陝県に送り、詔命によって牛輔を誅殺しようとしたが、牛輔らが迎え撃つと李粛は弘農へ逃げ、のちに呂布に誅殺された。 演義 第9回 §38–39正史 魏書 巻6 §19

李傕との関係:演義第9回では、長安へ攻め込む李傕が途中で牛輔に会い、兵を合わせて先鋒とする。正史では、牛輔が校尉の李傕・郭汜・張済を分けて派遣して略奪させており、李傕らが戻った時には牛輔はすでに敗亡していた。 演義 第9回 §38正史 魏書 巻6 §19–20

逃げた理由:演義第9回で牛輔は、呂布に再び大敗したのち、呂布には敵わないとして逃げる。正史では、陣営の兵が夜に背いて出ていき陣中が騒然となると、皆が背いたと思い込んで逃げたのであり、呂布と戦ったという話はない。 演義 第9回 §40正史 魏書 巻6 §19

首の届け先:演義第9回では、胡赤児は牛輔の首を呂布に献じ、呂布は事情を知って胡赤児を斬る。正史は、胡赤児らが牛輔の首を斬って長安に送ったと記すだけで、胡赤児が殺されたという話はない。 演義 第9回 §41正史 魏書 巻6 §19

賈詡の立場:演義第9回で賈詡は、李傕らに長安を攻めるよう勧める謀士として登場し、牛輔との関係は描かれない。正史賈詡伝では、賈詡は陝に駐屯する牛輔の軍中にいて、牛輔の死後、散ろうとしていた李傕らにその計を授けた。 演義 第9回 §36–37正史 魏書 巻10 §70–71

3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。

能力値

正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。

統率武力知力政治魅力徳処世文芸弁舌用人
正史(実線) 対 演義(点線)
  • 統率4550+5
  • 武力4042+2
  • 知力3542+7
  • 政治3333±0
  • 魅力3033+3
  • 徳2525±0
  • 処世1518+3
  • 文芸3131±0
  • 弁舌3333±0
  • 用人2525±0
正史・演義の点数と差(演義 − 正史・左 = 演義が下げた・右 = 演義が上げた)

演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上

10点以上の差がある項目はありません — 演義も正史とほぼ同じように描いています。

近い項目 10件 — 根拠を見る
  • 統率正45演50 +5

    正陝県に駐屯して李粛を破ったが、陣中の騒ぎで軍を捨てた魏書 巻6 §19

    演李傕に合流して先鋒となり、夜襲で李粛を30余里敗走させた第9回 §38第9回 §39

  • 武力正40推定演42 +2

    正直接の記録なし — 中郎将の職から推定魏書 巻6 §19

    演呂布と対陣したが支えきれず大敗した第9回 §40

  • 知力正35推定演42 +7

    正直接の記録なし — 事績から推定魏書 巻6 §19

    演李粛の備えのない隙を突いて陣を急襲した第9回 §39

  • 政治正33推定演33推定 ±0

    正直接の記録なし — 事績から推定魏書 巻6 §19

    演直接の記録なし — 陝西を守る武将であることから推定第3回 §2

  • 魅力正30演33推定 +3

    正兵が夜に背いて抜け出し、親しい友人に首を斬られた魏書 巻6 §19魏書 巻6 §20

    演直接の記録なし — 腹心に殺された事績から推定第9回 §41

  • 徳正25演25 ±0

    正諸県を略奪させ、金宝だけを持って軍を捨てた魏書 巻6 §19

    演李傕らを欺き、金と珠だけを持って軍を捨てて逃げた第9回 §40

  • 処世正15演18 +3

    正陣中が騒ぐと皆が背いたと思い込み、金宝を持って逃げた魏書 巻6 §19

    演呂布を恐れて軍を捨てて逃げ、腹心に殺された第9回 §40第9回 §41

  • 文芸・学術正31推定演31推定 ±0

    正直接の記録なし — 武将であることから推定魏書 巻6 §19

    演直接の記録なし — 武将であることから推定第3回 §2

  • 弁舌・外交正33推定演33推定 ±0

    正直接の記録なし — 事績から推定魏書 巻10 §70

    演直接の記録なし — 事績から推定第9回 §38

  • 識人・用人正25演25 ±0

    正日頃親しい友人の胡赤児らを連れて行き、彼に殺された魏書 巻6 §19

    演腹心の胡赤児とともに逃げ、彼に殺された第9回 §41

正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)

3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。

演義の登場回(2回)

登場登場なし 登場回の一覧 →

所属の変遷

  1. 董卓勢力 (~192) · 正史 · 「初,卓女壻中郎將牛輔典兵別屯陝」