崔夫人
人物紹介
崔夫人は演義で蜀漢の後主の五男、北地王劉諶の妻として登場する人物である。演義第118回で、後主が鄧艾に降伏することに決めると、剣を帯びて宮中に入ってきた劉諶に、顔色がいつもと違うわけを尋ねる。 演義 第118回 §4 · 7 · 9
先に死んで先帝にまみえるという劉諶の言葉を聞くと、王は父のために死に、わたしは夫のために死ぬのだから、その義は同じであると言って、柱に頭を打ちつけて先に死ぬ。劉諶は自ら三人の息子を殺し、妻の首を斬って携え、昭烈皇帝(劉備)の廟へ行く。 演義 第118回 §9–10
演義120回のうち第118回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。陳寿の本文の後主伝は、後主が鄧艾に降伏した日、北地王劉諶が国の滅亡を悲しんで、先に妻子を殺し、次いで自ら命を絶ったと記すだけで、その妻の姓は陳寿の本文にも裴松之の注にも出てこない。 演義 第118回 §9正史 蜀書 巻3 §46
演義の描写
演義第118回で、鄧艾が綿竹を奪うと、後主は光禄大夫譙周の言に従って降伏しようとし、屏風の後ろから出てきた五男の北地王劉諶は譙周を叱りつけ、城を背に一戦して社稷とともに死のうと泣いて諫める。後主は聞き入れず、近臣に命じて彼を宮門の外へ押し出させたのち、譙周に降伏の書を作らせて鄧艾に送る。鄧艾の返書が届くと、12月1日を選んで君臣が出て降伏することに決める。 演義 第118回 §1 · 4 · 6–9
劉諶はこれを聞くと怒気が天を衝くばかりで、剣を帯びて宮中に入る。妻の崔夫人が、大王は今日顔色がいつもと違うがどうしたのかと尋ねると、劉諶は、父皇はすでに降伏の書を納めたので、明日君臣が出て降伏すれば社稷は絶え滅びるだろうと言い、先に死んで地下で先帝にまみえることはあっても、人に膝を屈することはしないと言う。 演義 第118回 §9
崔夫人は「賢なるかな!賢なるかな!死に所を得られました!」と言って自ら先に死ぬことを願い、王はその後で死んでも遅くはないと言う。劉諶が、そなたはなぜ死のうとするのかと尋ねると、王は父のために死に、わたしは夫のために死ぬのだから、その義は同じであり、夫が死ねば妻も従って死ぬものなのに、どうして尋ねるのかと答える。言い終えると、柱に頭を打ちつけて死ぬ。 演義 第118回 §10
劉諶は自ら三人の息子を殺し、妻の首まで斬って携え、昭烈皇帝(劉備)の廟へ行き、基業が他人の手に捨てられるのを見るのが恥ずかしいので、先に妻子を殺して未練を断ち、この一命をもって祖父に報いるのだと泣いて申し上げる。そして目から血が流れるほど大いに泣いたのち自ら首をはねて死に、蜀の人々はこれを聞いて悲しみ痛まない者はなかった。 演義 第118回 §10–11
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率12
- 武力15
- 知力42
- 政治30
- 魅力45
- 徳86
- 処世40
- 文芸40
- 弁舌45
- 用人38
項目別の根拠
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演夫の殉国をたたえ、先に柱に頭を打ちつけて死んだ第118回 §10
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演父のための死と夫のための死はその義が同じだと述べた第118回 §10
演直接の記録なし — 北地王劉諶の妻であることから推定第118回 §9
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。