夏侯蘭
人物紹介
夏侯蘭は演義第39回に夏侯惇配下の副将として登場する曹操側の将である。曹操は夏侯惇を都督、于禁・李典・夏侯蘭・韓浩を副将として兵10万を率いさせ、博望城へ向かわせて新野をうかがわせる。博望坡で火攻めに崩れたのち、夏侯蘭は韓浩とともに兵糧とまぐさを救いに来て張飛と出くわし、数合も戦わないうちに張飛の槍に突かれて馬から落ちる。 演義 第39回 §22 · 41–42
演義全120回のうち第39回の1回にのみ登場し、回目に名が挙がった回はない。陳寿の本文には登場せず、裴松之の注にのみ記録がある。陳寿の本文の先主伝と李典伝は、博望で夏侯惇・于禁らが劉備の伏兵に撃破されたと記すが、夏侯蘭の名は挙げない。 演義 第39回 §22正史 蜀書 巻2 §19正史 魏書 巻18 §5–6
演義の描写
演義第39回で、文官を整えた曹操が武将たちを集めて南征を議すると、夏侯惇は、新野で毎日士卒を調練している劉備を早く討つべきだと進み出る。曹操は夏侯惇を都督、于禁・李典・夏侯蘭・韓浩を副将として兵10万を率いさせ、まっすぐ博望城へ向かわせて新野をうかがわせる。荀彧は、劉備は諸葛亮まで軍師に得たのだから敵を侮ってはならないと諫めるが、夏侯惇は劉備などネズミのような輩にすぎないと言い、必ず捕らえてみせると言う。 演義 第39回 §22–23
諸葛亮は関羽を豫山に、張飛を安林の裏の山あいに伏せさせ、南で火が上がったら兵糧とまぐさを焼かせることにし、関平と劉封には博望坡の後ろの両側で待って火を放たせる。樊城から呼び戻した趙雲には、先鋒となって勝とうとせず、ただ負けるようにと言い含める。 演義 第39回 §29–31
夏侯惇は博望に着くと精兵の半分を先鋒とし、残りに兵糧車を護衛させる。趙雲が数合で偽って逃げると、夏侯惇は伏兵を案じる韓浩の言葉を聞かずに博望坡まで追い、日が暮れて両側が葦原の狭い道に来ると、李典の懸念を聞いた于禁が火攻めに備えるべきだと夏侯惇に知らせる。夏侯惇が軍馬を止めさせる言葉を言い終わらないうちに、背後から喊声とともに炎が上がって四方が火の海となり、曹操側の人馬は互いに踏みつけ合って死者は数えきれない。 演義 第39回 §35 · 37–41
李典は博望城へ戻ろうとして関羽に阻まれ、道を切り開いて逃げ、于禁は兵糧車がすべて焼けるのを見て脇道へ逃げる。夏侯蘭と韓浩が兵糧とまぐさを救いに来て張飛に出くわすが、数合も戦わないうちに、張飛が槍の一突きで夏侯蘭を馬から突き落とす。韓浩は道を切り開いて逃れ、夏侯惇は残兵を収めて許昌へ帰る。演義で夏侯蘭はこの後二度と登場しない。 演義 第39回 §42–44
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率38
- 武力30
- 知力36
- 政治35
- 魅力38
- 徳45
- 処世36
- 文芸33
- 弁舌33
- 用人35
項目別の根拠
演張飛と数合も戦わないうちに槍で突かれて死んだ第39回 §42
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演直接の記録なし — 博望遠征の副将としての役割から推定第39回 §22
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →