徴崇 徵崇

正史 呉 字 子和 Zheng ChongZihe징숭자화征崇

プロフィール
職業正学者 · 率更令所属呉
登場正収録呉書
出生出身地河南尹
実在実在言及正3回

人物紹介

徴崇は河南の人である。正史に独立した伝はなく、呉書巻8張厳程闞薛伝の程秉の記録の末尾に一行付け加えられている。陳寿は、程秉が太傅であったとき、率更令である河南の徴崇も学問に篤く行いを正したという、と記した。 正史 呉書 巻8 §21

陳寿の本文は彼の字と生没年、その他の事績を記していない。巻8の評で陳寿は厳畯・程秉・闞沢を一時の儒林としただけで、徴崇には触れなかった。演義には登場しない。 正史 呉書 巻8 §21 · 63

正史の記録

呉書巻8張厳程闞薛伝の程秉の記録によれば、程秉は汝南郡南頓県の人で、鄭玄に師事して学んだことがあり、のちに乱を避けて交州に行き、劉熙とともに経書の大義を考究・論議して、ついに五経に広く通じた。孫権は彼が名高い儒者であると聞いて礼を尽くして招き、太子太傅に任じた。黄武4年(225)、孫権が太子孫登のために周瑜の娘を迎えることになると、程秉は太常の職務を代行して呉で太子妃を迎えた。 正史 呉書 巻8 §18

程秉は在職中に病死した。陳寿はその記録の末尾に、程秉が太傅であったとき、率更令である河南の徴崇も学問に篤く行いを正したという、と付け加えた。 正史 呉書 巻8 §19 · 21

陳寿の本文で徴崇が登場するのはこの一行だけであり、字と生没年、率更令となった経緯、その他の事績は記されていない。巻8の評は張紘・厳畯・程秉・闞沢・薛綜・薛瑩を論じただけで、徴崇には触れなかった。 正史 呉書 巻8 §21 · 63

3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。

能力値

演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。

統率武力知力政治魅力徳処世文芸弁舌用人
正史
  • 統率31
  • 武力31
  • 知力45
  • 政治42
  • 魅力42
  • 徳60
  • 処世40
  • 文芸62
  • 弁舌38
  • 用人40
各項目100点

項目別の根拠

  • 統率正31推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

  • 武力正31推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

  • 知力正45推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

  • 政治正42推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

  • 魅力正42推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

  • 徳正60

    正行いを正したと記録される呉書 巻8 §21

  • 処世正40推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

  • 文芸・学術正62

    正学問に篤かったと記録される呉書 巻8 §21

  • 弁舌・外交正38推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

  • 識人・用人正40推定

    正直接の記録なし — 率更令という官職から推定呉書 巻8 §21

正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)

3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。

所属の変遷

  1. 呉 · 正史 · 正史 巻53 「率更令河南徵崇」