薛則
人物紹介
薛則は演義第92回に登場する魏の将である。諸葛亮を防ぎに出た駙馬夏侯楙が鳳鳴山の前で趙雲に重ねて敗れると、参軍程武は両側に兵を伏せて趙雲をおびき出し包囲する計を出す。夏侯楙はその言に従い、董禧と薛則にそれぞれ兵3万を率いて左と右に伏せさせる。 演義 第92回 §1 · 12–15
翌日、夏侯楙が先に退いて趙雲を深く引き込むと、薛則は董禧とともに二手から攻め込み、趙雲を包囲の真ん中に閉じ込める。しかし諸葛亮が遣わした張苞が幾重もの包囲を破って入って来て、道を塞ぐ魏将薛則に出会って殺したと趙雲に告げる。 演義 第92回 §16–17 · 19–20
演義120回のうち第92回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。陳寿の本文にも裴松之の注にも見えない。 演義 第92回 §15
演義の描写
演義第92回で、魏主曹叡は駙馬夏侯楙を遣わし、関中の諸路の軍馬を集めて諸葛亮を防がせる。夏侯楙が先鋒とした西涼の大将韓徳は鳳鳴山で四人の息子をすべて失い、仇を討とうと趙雲に躍りかかるが、三合も戦わぬうちに槍に突かれて死ぬ。魏軍はまたもひと敗れし、10里余り退いて陣営を構える。 演義 第92回 §1 · 4 · 8 · 13
夏侯楙が夜通し諸将と協議し、趙雲に敵する者がいないと言うと、程昱の子である参軍程武は、趙雲は勇あって謀なしと見立てる。彼は両側に軍二隊を伏せ、夏侯楙が戦いに臨んでまず退いて趙雲を伏兵の所までおびき出し、それから山に登って四方の軍馬を指揮して幾重にも囲もうと言う。夏侯楙はその言に従い、董禧に3万の軍を率いて左に、薛則に3万の軍を率いて右に伏せさせる。 演義 第92回 §13–15
翌日、魏将潘遂が三合も戦わずに逃げ、魏軍の八人の将も次々に逃げると、趙雲は勢いに乗って追い、敵地深くに入り込む。鄧芝が急いで兵を収めて退くところへ、左からは董禧、右からは薛則が二手に分かれて兵を駆って攻め込み、兵の少ない鄧芝は趙雲を救い出せない。配下が千余りしかいない趙雲は包囲の真ん中で東に突き西にぶつかるが、山上の夏侯楙が趙雲の向かう方を指して三軍を指揮するので、包囲を破れない。辰の刻から酉の刻まで戦った趙雲は、夜になって四方から弩の矢が降り注ぐと、「老いを認めずにいて、この地で死ぬことになるのか」と嘆く。 演義 第92回 §16–19
そのとき東北の隅から一隊の兵が攻め込んで来るが、先頭の張苞は馬の首の下に人の首を一つ提げている。張苞は、丞相の命で5千の兵を率いて幾重もの包囲を破って入って来たこと、ちょうど魏将薛則が道を塞いでいたので殺したことを告げる。続いて入って来た関興は魏将董禧を斬ったと言い、その夜、三手の軍が挟撃して魏軍を大いに破る。薛則はこれ以後、演義に出てこない。 演義 第92回 §19–22
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能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率52
- 武力35
- 知力38
- 政治33
- 魅力38
- 徳45
- 処世38
- 文芸31
- 弁舌33
- 用人33
項目別の根拠
演道を塞いでいて張苞に殺された第92回 §20
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。