王商
人物紹介
王商は秦宓と同郡、すなわち広漢郡の人で、劉璋のとき治中従事を務め、蜀郡太守となった。正史には独立した伝がなく、蜀書巻8許麋孫簡伊秦伝の許靖の記録と秦宓の記録に見える。 正史 蜀書 巻8 §35 · 39 · 17
治中従事であった時、仕官しない秦宓に手紙を送って、出て来て州の長官に会うよう勧めたが、秦宓は返書で、今こそ自分が志を得た時であり、困窮と苦労を嘆くことはないと述べた。のちに厳君平と李弘のために祠を建てると、秦宓は手紙を送り、揚子雲と相如の祠も建てるよう言った。蜀郡太守であった時には、荊州の宋仲子(宋忠)が彼に手紙を送り、許靖を指南とするよう勧めた。 正史 蜀書 巻8 §39–43 · 17
陳寿の本文は彼の字と死を記しておらず、巻8の評でも彼を取り上げていない。演義には登場しない。 正史 蜀書 巻8 §17 · 39–43 · 59
正史の記録
劉璋のとき、秦宓と同郡の人王商が治中従事となった。秦宓は広漢郡綿竹県の人で、若くして才能と学問があり、州郡から招かれたが、いつも病と称して応じなかった人である。 正史 蜀書 巻8 §39 · 35
王商は秦宓に手紙を送り、貧賤と困窮でどうして一生を終えられようか、卞和は玉を誇示して世に輝かせたのだから、一度来て州の長官に会うがよいと勧めた。 正史 蜀書 巻8 §39
秦宓は返書で、堯は許由を優遇したが許由は両耳を洗い、楚は荘周を招聘したが荘周は釣り竿を手にしたまま顧みなかったとし、『易』の「確乎としてそれ抜くべからず」という言葉を挙げて、何を誇示することがあろうかと述べた。また、君主が賢明で王商が良き補佐となったのだから、この時に蕭何・張良のような策を立てなければ知恵があるとは言えないとし、自分は田畑のあぜで背を日にさらし、身の安らかなことを楽しみとし、憂いのないことを福としていると述べた。そして今こそ自分が志を得た時であり、どうして困窮と苦労を嘆くことがあろうかと結んだ。 正史 蜀書 巻8 §39–41
許靖の記録によれば、劉璋の招きを受けて蜀に入った許靖は、劉璋によって巴郡太守と広漢太守に任じられた。この時、南陽の宋仲子(宋忠)が荊州から蜀郡太守王商に手紙を送り、文休(許靖)は志が大きく非凡で、当世を治める器を備えているので、足下は彼を指南とすべきだと述べた。 正史 蜀書 巻8 §17 · 2
のちに王商が厳君平と李弘のために祠を建てると、秦宓が手紙を送った。秦宓は、病で隠れ伏していて今になってそのことを知ったとし、同類に厚く仲間に勤めると言うべきだと述べた。厳君平の文章は天下に冠たるもので、その節操は山岳のように動かないから、たとえ揚子が称えなかったとしても自ずと明らかになったであろうが、李仲元(李弘)は『法言』に出会わなかったならば令名は必ず埋もれたであろうから、竜にすがり鳳に付き従った人と言うべきだと述べた。 正史 蜀書 巻8 §41
秦宓は続けて、揚子雲は著述に心を注いで世に益し、今も天下でその文が吟じられているのに、王商が彼を外して祠を建てないのは不審だと述べた。また、蜀にはもともと学問をする士がいなかったが、文翁が相如を東へ遣わして七経を学ばせたので、蜀の学問が斉・魯に匹敵するようになり、相如が封禅の礼を定めたとして、長卿(相如)のためにも祠を建て、速やかにその銘文を定めるべきだと述べた。 正史 蜀書 巻8 §42–43
陳寿の本文は王商の字とその後の事績、死を記していない。同じ許靖の記録は、許靖が建安16年(211)に蜀郡に移ったと記す。巻8の評は許靖・麋竺・孫乾・簡雍・伊籍・秦宓を論じるのみで、王商を取り上げていない。 正史 蜀書 巻8 §17 · 39–43 · 59
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力42
- 政治48
- 魅力45
- 徳55
- 処世42
- 文芸50
- 弁舌38
- 用人52
項目別の根拠
正直接の記録なし — 蜀郡太守の文官であることから推定蜀書 巻8 §17
正直接の記録なし — 蜀郡太守の文官であることから推定蜀書 巻8 §17
正直接の記録なし — 蜀郡太守の職から推定蜀書 巻8 §17
正直接の記録なし — 宋忠が手紙で人材を勧めたことから推定蜀書 巻8 §17
正厳君平・李弘の祠を建て、同類に厚いと評された蜀書 巻8 §41
正直接の記録なし — 劉璋配下の官員であることから推定蜀書 巻8 §39
正学者の厳君平・李弘を顕彰して祠を建てた蜀書 巻8 §41
正手紙で秦宓を招いたが、秦宓は辞退した蜀書 巻8 §39
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。