王美人
| 職業 | 演后妃 · 美人 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 死因 | 演殺害 推定 | ||
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
王美人は演義第2回に登場する霊帝の美人で、皇子協(献帝)の母である。演義は、霊帝が王美人を寵愛して皇子協が生まれたが、皇子弁を産んで皇后となった何皇后が嫉妬して王美人を毒殺し、皇子協は霊帝の母董太后の宮で育てられたと記す。 演義 第2回 §37
霊帝が死に、皇子弁が帝位に就いたのち、何太后が董太后に朝廷の政治に関わらないようにしようと勧めると、董太后は「お前は王美人を毒殺するほど嫉妬深い女だ」と罵る。 演義 第2回 §41 · 45–47
演義120回のうち第2回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。陳寿の本文にも裴松之の注にも見えない。陳寿の本文の董卓伝は、董卓が皇帝を廃して弘農王とし、霊帝の幼い子の陳留王を立てた、これが献帝であると記すのみで、献帝の母は記さない。 演義 第2回 §37正史 魏書 巻6 §8
演義の描写
演義第2回で、中平6年(189)夏4月、霊帝は病が重くなると、大将軍何進を宮中に呼んで後事を相談させる。演義はこの場面で、何進はもと屠殺を家業とする家の出で、妹が入宮して貴人となり、皇子弁を産んでついに皇后となったため、そのおかげで権力を握り重任に就いたと記す。 演義 第2回 §36–37
皇帝はまた王美人を寵愛して皇子協が生まれたが、何皇后は嫉妬して王美人を毒殺する。皇子協は董太后の宮で育てられるが、董太后は霊帝の母で、解瀆亭侯劉萇の妻であった。董太后はかつて皇子協を太子に立てるよう皇帝に勧め、皇帝も協を偏愛して彼を立てたいと思っており、病が重くなると、中常侍蹇碩は、協を立てたいならまず何進を殺して後の禍根を断たねばならないと奏上する。 演義 第2回 §37–38
霊帝が崩御すると、何進は霊帝の柩の前で太子弁を帝位に立て、蹇碩は中常侍郭勝に殺される。董太后は張譲の言に従って皇子協を陳留王に、国舅董重を驃騎将軍に封じる。董太后が権力を独占するのを見た何太后は、宮中に宴を設け、私たちはみな女なのだから朝廷の大事は大臣と元老に任せようと勧めるが、董太后は大いに怒って「お前は王美人を毒殺するほど嫉妬深い女だ」と罵り、何進の首を斬るぐらいは掌を返すようにたやすいと言う。両宮の争いの末、何進は朝廷の臣下に働きかけて董太后を河間へ移させる。王美人の名はこの後、演義に再び出てこない。 演義 第2回 §40–42 · 45–48
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力38
- 政治31
- 魅力52
- 徳48
- 処世35
- 文芸38
- 弁舌35
- 用人31
項目別の根拠
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演霊帝の寵愛を受けて皇子協を産んだ第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演直接の記録なし — 霊帝の妃嬪という役割から推定第2回 §37
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。