関寧 關寧
| 職業 | 演その他 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
関寧は演義第28回に登場する関定の長男で関平の兄であり、魏の管寧とは別人である。関公(関羽)が玄徳を探して河北へ向かう途中、境の手前の村の荘園に宿を求めると、老人関定は自分も姓は関だと言って二人の息子を呼んで挨拶させる。 演義 第28回 §45–46
玄徳が荘園に着いて名を尋ねると、関公は、関定には息子が二人おり、長男の関寧は学問を、次男の関平は武芸を学んでいると紹介する。関定が次男を関公に付き従わせたいと言うと、玄徳はまだ子のない弟の子にしてはどうかと言い、関定が大いに喜んで従うと、関平は関公に従って去る。 演義 第28回 §52–53
演義全120回のうち第28回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。陳寿の本文と裴松之の注には関寧も関定も登場しない。陳寿の本文は関平を関羽の子と記し、孫権が送った将が臨沮で関羽とその子関平を斬ったという。 演義 第28回 §52正史 蜀書 巻6 §12
演義の描写
演義第28回で、古城で張飛と再会した関公は孫乾とともに汝南へ玄徳を訪ねるが、玄徳は兵が少ないのを見て再び河北の袁本初(袁紹)のもとへ行ったと聞く。関公は古城を張飛に任せ、孫乾とともに二十騎あまりだけを連れて河北へ向かい、境に至ると孫乾を先に入らせ、遠くに見える前方の村のある荘園へ行って宿を求める。 演義 第28回 §41–45
荘園の中から杖をついて出てきた老人は、関公が事実をつぶさに告げると、自分も姓は関、名は定であり、かねてから大名を聞いていたが幸いにもお目にかかれたと言う。関定は二人の息子を呼び出して挨拶させ、関公を手厚く引き留め、従者たちもみな荘園の中に泊まらせる。 演義 第28回 §45–46
一方、冀州の玄徳は簡雍と脱出の計を相談したのち、荊州の劉表を説いてともに曹操を討つと言って袁紹の許しを得る。簡雍も同行を願い出て袁紹が同行を命じると、玄徳はまず孫乾を城外に出して関公に知らせ、簡雍とともに袁紹に別れを告げて城を出て、境で出迎えた孫乾とともに関定の荘園へ行く。 演義 第28回 §47–51
関公は門で玄徳を迎えて拝し、手を取って泣きやまず、関定は二人の息子を連れて草堂の前で拝礼する。玄徳が彼らの名を尋ねると、関公は、この人は私と同姓で息子が二人おり、長男の関寧は学問を、次男の関平は武芸を学んでいると紹介する。関定が次男を関将軍に付き従わせたいと言うと、玄徳は年を尋ねて18歳だという答えを聞き、まだ子のない弟の子にしてはどうかと言う。 演義 第28回 §52–53
関定は大いに喜び、関平に関公を父として拝させ、玄徳を伯父と呼ばせる。玄徳が袁紹の追っ手を恐れて急いで出発すると、関平も関公に従ってともに発ち、関定はしばらく見送って帰る。関寧の名はこれ以後、演義に再び見えない。 演義 第28回 §53
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力38
- 政治33
- 魅力35
- 徳42
- 処世38
- 文芸48
- 弁舌33
- 用人33
項目別の根拠
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演関定の長男で学問を学んでいると紹介された第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演直接の記録なし — 関定の長男という身分から推定第28回 §52
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。