董扶
人物紹介
董扶は広漢の人で、漢の霊帝の時代に侍中であった。劉焉が清廉な重臣を牧伯とするよう建議し、内心では交阯牧となることを望んでいたとき、董扶は都が乱れようとしており益州の分野には天子の気があるとひそかに告げて、劉焉の意を益州に向けさせた。 正史 蜀書 巻1 §3–4
劉焉が益州牧を兼ねることになると、董扶も蜀郡西部属国都尉になることを求めて劉焉に従った。陳寿の本文にはその後の事績と死は記されていない。 正史 蜀書 巻1 §5 · 1–11
正史蜀書巻1劉二牧伝に、劉焉の事績とともに登場する。陳寿は評で、劉焉が董扶の言を聞いて益州の地に心を寄せ、急いで天子の車と衣服を作って神器を盗もうとしたのであり、その惑いは甚だしいと述べた。演義には登場しない。 正史 蜀書 巻1 §4–5 · 21
正史の記録
霊帝の政治が衰えて王室に変事が多くなると、劉焉は、刺史や太守が賄賂で官を得て民を搾取し反乱に至らせているので、清廉な名声のある重臣を選んで牧伯とすべきだと建議した。劉焉は内心では交阯牧となって世の乱れを避けようとしていた。 正史 蜀書 巻1 §3–4
建議がすぐには実行されないうちに、侍中である広漢の人董扶がひそかに劉焉に「都は乱れようとしており、益州の分野には天子の気があります」と言った。劉焉は董扶の言を聞いて益州に意を移した。 正史 蜀書 巻1 §4
折しも益州刺史郤倹の税の取り立てが煩わしく苛酷で怨みの歌が遠くまで聞こえ、并州と涼州では刺史が殺されたので、劉焉の計画は実行に移された。劉焉は監軍使者として出て益州牧を兼ね、陽城侯に封じられ、郤倹を捕らえて罪を裁くことになった。董扶も蜀郡西部属国都尉になることを求め、太倉令である巴西の人趙韙も官を捨て、ともに劉焉に従った。劉二牧伝にはこの後、董扶は再び登場しない。 正史 蜀書 巻1 §5 · 1–11
周群伝は、周群の父周舒が若いころ広漢の人楊厚に術数を学び、名声が董扶・任安に次いだと記す。 正史 蜀書 巻12 §9
陳寿は劉二牧伝の評で、魏豹は許負の言を聞いて薄姫を迎え入れ、劉歆は図讖の文を見て名と字を改めたが、いずれも身を全うできなかったとして、神明の意はむなしく求められず、天命はみだりに望めないと述べた。それなのに劉焉は董扶の言を聞いて益州の地に心を寄せ、人相見の言を聞いて呉氏との婚姻を求め、急いで天子の車と衣服を作って神器を盗もうとしたのであり、その惑いは甚だしいと記した。 正史 蜀書 巻1 §21
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力45
- 政治38
- 魅力40
- 徳42
- 処世58
- 文芸58
- 弁舌55
- 用人40
項目別の根拠
正直接の記録なし — 術数家の文官であることから推定蜀書 巻1 §5
正直接の記録なし — 術数家の文官であることから推定蜀書 巻1 §5
正直接の記録なし — 属国都尉の職から推定蜀書 巻1 §5
正直接の記録なし — 術数の名声から推定蜀書 巻12 §9
正直接の記録なし — 侍中としての事績から推定蜀書 巻1 §4
正乱の前に属国都尉を求め、劉焉に従って益州へ行った蜀書 巻1 §5
正術数で名高く、周舒の名声が彼に次いだ蜀書 巻12 §9
正益州に天子の気があると言って劉焉の意を変えさせた蜀書 巻1 §4
正直接の記録なし — 侍中としての事績から推定蜀書 巻1 §5
スペシャル — 才能 正史 +25
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
所属の変遷
- 劉焉勢力 · 正史 · 正史 巻31 「扶亦求為蜀郡西部屬國都尉」