辛明
| 職業 | 演武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
辛明は演義第30回に登場する袁紹の将である。烏巣の兵糧を失い、張郃と高覧までが曹操に降って袁紹の軍心が動揺していたとき、曹操が兵を二手に分けて鄴郡と黎陽を攻めるとの知らせが入ると、袁紹は大いに驚き、袁譚に兵5万を分けて鄴郡を救わせ、辛明に兵5万を分けて黎陽を救わせて、夜を徹して出発させる。 演義 第30回 §51–53
その知らせは、荀攸の計に従って曹操がわざと広めたものであった。袁紹の兵が分かれて動くと、曹操は大軍を八手に分けて出して袁紹の陣営に突入し、袁紹は鎧を着ける暇もないまま、付き従う騎兵800余りだけを率いて河を渡って逃れる。 演義 第30回 §52 · 54
演義120回のうち第30回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。名は黎陽の救援に向かう一か所にだけ見え、その後どうなったかは記されていない。辛明という名は陳寿の本文にも裴松之の注にも見えない。 演義 第30回 §53
演義の描写
演義第30回で、曹操が烏巣を襲って兵糧と秣をことごとく焼き払うと、袁紹は郭図の言に従い、張郃と高覧に兵5千で曹操の陣営を攻めさせ、蒋奇に兵1万で烏巣を救わせる。蒋奇は淳于瓊の兵に扮した曹操の兵に欺かれて張遼に斬られ、張郃と高覧は夏侯惇・曹仁・曹洪に大敗する。郭図の讒言によって袁紹が罪を問おうとすると、高覧は袁紹の使者を斬り、張郃とともに曹操に降る。 演義 第30回 §41 · 43–44 · 46–49
許攸を失い、張郃と高覧を失い、烏巣の兵糧まで失った袁紹の軍心はひどく動揺し、張郃と高覧を先に立てた曹操の夜襲で袁紹の兵は大半を失う。荀攸は、一手は酸棗を経て鄴郡を攻め、一手は黎陽を経て袁紹軍の帰路を断つと言いふらせば、袁紹は兵を分けて防ごうとするだろうから、その隙に乗じて攻めようと言い、曹操は大小の三軍に四方遠くまで言いふらさせる。この知らせを聞いた袁紹は大いに驚き、袁譚に兵5万を分けて鄴郡を救わせ、辛明に兵5万を分けて黎陽を救わせて、夜を徹して出発させる。 演義 第30回 §51–53
袁紹の兵が動いたことを探り知った曹操は、大軍を八手に分けて一斉に袁紹の陣営に突入する。戦う意志のなかった袁紹の兵は四方に散って大いに崩れ、袁紹は鎧を着ける暇もなく単衣に幅巾の姿で馬に乗り、幼い子の袁尚とともに逃げ、文書や車、金や絹をすべて捨てて、付き従う騎兵800余りだけを率いて河を渡る。曹操の兵が殺した者は8万余り、溺れ死んだ者は数えきれなかった。 演義 第30回 §54–55
第31回で、袁紹が800余騎を率いて黎陽の北岸へ逃れたとき、陣営を出て迎えたのは大将の蒋義渠である。黎陽の救援に向かった辛明の名は、これ以後演義に二度と出てこない。 演義 第31回 §1
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率52
- 武力42
- 知力38
- 政治33
- 魅力38
- 徳45
- 処世38
- 文芸31
- 弁舌31
- 用人31
項目別の根拠
演袁紹に兵5万を託されて黎陽の救援に向かわされた第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演直接の記録なし — 袁紹の将という役割から推定第30回 §53
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →