趙広 趙廣
人物紹介
趙広は蜀の将趙雲の次男である。正史には独立した伝がなく、陳寿の本文では蜀書巻6関張馬黄趙伝の趙雲伝の末尾に一行が残るのみである。兄の趙統が父の後を継ぎ、趙広は牙門将として姜維に従って沓中に赴き、戦場で戦死した。陳寿の本文は彼の没年を記さず、巻末の評も彼を取り上げない。 正史 蜀書 巻6 §42 · 44
演義には120回のうち第97回の1回にのみ登場し、名が回目に入った回はない。演義は彼を、兄の趙統とともに漢中の諸葛亮のもとを訪れて父趙雲の死を告げる人物として描き、後主は趙雲の往年の功を思って趙統を虎賁中郎に、趙広を牙門将に封じ、墓を守らせる。 演義 第97回 §3–4 · 7
正史の記録
趙広の父趙雲は字を子龍といい、常山国真定県の人である。建興元年(223)に中護軍・征南将軍となり、永昌亭侯に封じられ、鎮東将軍に移った。建興6年(228)、諸葛亮の出兵の際に鄧芝とともに曹真の大軍を防いだが箕谷で不利となり、軍が退いた後に鎮軍将軍に降格された。建興7年(229)に死去し、順平侯の諡を追贈された。 正史 蜀書 巻6 §39–41
陳寿の本文で趙広の名が見えるのは、趙雲伝の末尾の一行だけである。趙雲の子趙統が後を継ぎ、官は虎賁中郎に至り、領軍を代行して監督した。次男の趙広は牙門将として姜維に従って沓中に赴き、戦場で戦死した。陳寿の本文は趙広の字、没年、戦った相手を記さない。 正史 蜀書 巻6 §42 · 38–42
姜維伝によれば、姜維は景耀5年(262)に軍勢を率いて侯和に出たが鄧艾に撃破され、戻って沓中に駐屯した。景耀6年(263)、鄧艾が沓中に入ろうとすると、蜀はようやく廖化を沓中に送って姜維を援けさせ、一月余り後、姜維は鄧艾に打ち破られて陰平に戻って駐屯した。陳寿の本文は、趙広がこのうちどの戦いで死んだのかを明らかにしない。 正史 蜀書 巻14 §43–45
巻末の評で陳寿は、黄忠と趙雲は強く猛々しく勇壮で、ともに爪牙となったと述べるのみで、趙広は取り上げていない。 正史 蜀書 巻6 §44
演義の描写
演義第97回で、蜀漢の建興6年(228)秋9月、魏の都督曹休が石亭で東呉の陸遜に大敗すると、東呉は使者を送ってこれを知らせ、兵を起こして魏を討とうと求める。後主から送られた書を受けた諸葛亮が漢中で諸将を大いに集めて出師を議していると、大風が東北の角から起こって庭先の松の木を折り、彼は占いを立てて、一人の大将を失う兆しであると言う。 演義 第97回 §1 · 3–4
酒宴の最中、鎮南将軍趙雲の長男趙統と次男趙広が丞相に会いに来たとの知らせが入り、諸葛亮は大いに驚いて杯を地に投げつけ、「子龍が逝ったか」と叫ぶ。二人の息子は入って拝礼して泣き、父が昨夜三更に病が重くなって亡くなったと告げる。諸葛亮は地団駄を踏んで泣き、二人を成都に行かせて君主に拝謁して喪を報告させる。 演義 第97回 §4–5
後主は声を上げて泣き、自分が幼かった時に子龍がいなければ乱軍の中で死んでいただろうと言い、趙雲に大将軍を追贈して順平侯の諡を贈り、成都の錦屏山の東に葬らせる。また趙雲の往年の功を思って趙統を虎賁中郎に、趙広を牙門将に封じ、そのまま墓を守らせると、二人は恩を謝して去る。趙広の名はこの後、演義に再び現れない。 演義 第97回 §5 · 7
演義と異なる点
父の死の報告:演義第97回では、建興6年(228)に石亭の戦いの知らせが届いた後、趙統と趙広が漢中の諸葛亮のもとを訪れ、趙雲が病で死んだと告げる。正史の趙雲伝は趙雲が建興7年(229)に死去したと記すのみで、二人の息子がその死を告げたことはない。 演義 第97回 §1 · 4正史 蜀書 巻6 §41
牙門将:演義第97回では、後主が趙雲の往年の功を思って趙広を牙門将に封じ、墓を守らせる。正史は趙広が牙門将であったと記すのみで、いつその地位に就いたのかも、墓を守ったことも記さない。 演義 第97回 §7正史 蜀書 巻6 §42
死:演義では趙広は第97回以後登場せず、死も記されていない。正史は彼が姜維に従って沓中に赴き、戦場で戦死したと記す。 演義 第97回 §7正史 蜀書 巻6 §42
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能力値
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
- 統率4040±0
- 武力4540−5
- 知力3538+3
- 政治3335+2
- 魅力3538+3
- 徳5052+2
- 処世3540+5
- 文芸3333±0
- 弁舌3335+2
- 用人3335+2
演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上
10点以上の差がある項目はありません — 演義も正史とほぼ同じように描いています。
近い項目 10件 — 根拠を見る
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。