董貴妃
人物紹介
董貴妃は演義で献帝の寵愛を受けた貴妃で、董承の妹として登場する人物である。演義第24回で、衣帯詔の謀議が露見して董承らを殺してもなお怒りの収まらない曹操は剣を帯びて宮中に入り、身ごもって5か月の彼女を、献帝と伏皇后が引き止めるのも聞かず宮門の外へ引き出して絞め殺させる。 演義 第24回 §5–8
演義120回のうち第24・78回の2回に登場し、第24回の回目は「国賊 兇を行いて貴妃を殺し」で始まる。第78回では「董貴人」の名で、伏皇后・董承らとともに血まみれになって病んだ曹操の前に現れる。陳寿の本文と裴松之の注には董貴妃は登場しない。陳寿の本文の武帝紀は、建安5年(200)春正月に董承らの謀議が漏れて皆誅されたと記すだけである。 演義 第24回 §5演義 第78回 §26正史 魏書 巻1 §58
演義の描写
演義第23回で、曹操に毒薬を盛ろうとした太医吉平は拷問の末に階段に頭を打ちつけて死ぬが、演義はそれを建安5年(200)正月と記す。曹操は董承の寝室から衣帯詔と義状を見つけ出し、第24回で董承ら5人とその一家の老若までを各城門に引き立てて斬り、死者は合わせて700余人に及ぶ。 演義 第23回 §54 · 57演義 第24回 §1–2
それでもなお怒りの収まらない曹操は、剣を帯びて宮中に入り董貴妃を殺そうとする。演義は、貴妃は董承の妹で、皇帝の寵愛を受けてすでに身ごもって5か月であったと記す。その日、皇帝は後宮で伏皇后と、董承の件が今になっても何の音沙汰もないとひそかに話していたが、怒りを顔に浮かべ剣を帯びて入ってくる曹操を見て大いに驚き顔色を失う。 演義 第24回 §5
曹操が董承の謀反を知っているかと問うと、皇帝は「董卓はすでに誅された」と答え、曹操が董卓ではなく董承だと叫ぶと、震えながら本当に知らないと言う。指を噛み破って詔を書いたことを忘れたのかと言われて皇帝が答えられずにいると、曹操は武士たちを叱りつけて董貴妃を捕らえてこさせる。皇帝が、董貴妃は身ごもって5か月なので憐れんでほしいと言うと、曹操は、天が事をしくじらせなければ自分はすでに害されていたと言い、この女を残して後の憂いとするわけにはいかないと言う。伏皇后が、冷宮に退けておき、出産したのちに殺しても遅くはないと願うが、曹操はこの逆賊の種を残して母の仇を討たせるつもりかと問い返す。 演義 第24回 §6–7
董貴妃は泣いて、体を全うしたまま死なせ、屍をさらして辱めないでほしいと哀願し、曹操は白い練り絹を持ってこさせてその前に置かせる。皇帝は泣いて貴妃に「そなたは九泉の下で朕を恨むでないぞ」と言い、伏皇后も声をあげて泣く。曹操は怒って「まだ女子供のようなまねをなさるのか」と言うと、武士たちを叱りつけて貴妃を引き出させ、宮門の外で絞め殺す。演義は続けて後世の人が董貴妃を嘆いた詩を載せており、詩は、竜の種までともに捨てられ、堂々たる天子も救うことができず、顔を覆って涙を流すばかりであったと詠む。 演義 第24回 §7–9
その後、曹操は宮中を監督する役人に、外戚や宗族が自分の命なしにみだりに宮門を出入りすれば斬れと命じ、腹心3千人を御林軍に充てて曹洪に率いさせる。第78回で、頭がくらんで几にもたれて横になった曹操は、真夜中に殿中で伏皇后と董貴人、二人の皇子と伏完・董承ら20余人が全身に血を浴びて陰鬱な雲の中に立っているのを見、命を返せという声を聞く。のちに曹操に呼ばれて殿の門の前に来た夏侯惇も彼らを見て気を失い、これがもとで病を得る。 演義 第24回 §10演義 第78回 §26 · 28
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力35
- 政治31
- 魅力50
- 徳58
- 処世35
- 文芸35
- 弁舌33
- 用人31
項目別の根拠
演直接の記録なし — 後宮の妃で軍事の記録がないことから推定第24回 §5
演直接の記録なし — 後宮の妃で武芸の記録がないことから推定第24回 §5
演直接の記録なし — 行跡から推定第24回 §5
演直接の記録なし — 後宮の妃であることから推定第24回 §5
演死を前にして、体を全うし辱めないでほしいと願った第24回 §7
演直接の記録なし — 行跡から推定第24回 §7
演直接の記録なし — 行跡から推定第24回 §5
演直接の記録なし — 行跡から推定第24回 §7
演直接の記録なし — 行跡から推定第24回 §5
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。