辛憲英
人物紹介
辛憲英は演義に登場する人物で、曹爽の参軍辛敞の姉である。演義第107回で司馬懿が城門を閉ざして曹爽を討つと、司馬の魯芝とともに城を出て曹爽のもとへ行こうとする弟に、職分を守ることは人の大義であるとして、行くよう勧める。 演義 第107回 §5–7
曹爽は司馬懿に斬られるが、司馬懿は魯芝と辛敞を義人であるとしてもとの官職に戻し、辛敞は姉に尋ねなかったら大義を失うところだったと嘆息する。演義は後世の人の詩を挙げて彼女を称える。 演義 第107回 §27–28
演義120回のうち第107回の1回にのみ登場し、回目に名が入った回はない。陳寿の本文には辛憲英は登場しない。辛毗伝は、辛毗の死後に子の辛敞が跡を継ぎ、咸熙年間に河内太守となったとだけ記す。 演義 第107回 §5正史 魏書 巻25 §22
演義の描写
演義第107回で城内に変事が起こると、曹爽配下の司馬魯芝は参軍辛敞と相談し、辛敞は本部の兵を率いて城を出て天子にまみえに行こうと言う。辛敞が急いで後堂に入ると、姉の辛憲英が何事でそんなに慌てているのかと尋ね、辛敞は天子が城外におられるのに太傅が城門を閉ざしたのだから、必ず謀反をたくらんでいるのだと告げる。 演義 第107回 §5
辛憲英は、司馬公は必ずしも謀反をたくらんでいるのではなく、ただ曹将軍を殺そうとしているだけであり、曹将軍は司馬公の相手にならないので必ず敗れると言う。魯司馬がともに行こうと言っているが行ってもよいかとの問いには、「職分を守ることは人の大義である。およそ人が難に遭えば、なお哀れむこともあるものだ。鞭を執って仕えてきた者がその務めを捨てるなら、これほど不吉なことはない」と答える。辛敞はその言葉に従い、魯芝とともに騎兵数十を率いて関を斬り門を奪って出て、曹爽のもとに着いて城内の情勢を知らせる。 演義 第107回 §6–7 · 14
司馬懿が曹爽を斬ったのち、太尉蒋済は、関を斬り門を奪って出た魯芝と辛敞、印を奪って渡さなかった楊綜は許してはならないと言うが、司馬懿は、それぞれ自分の主のために尽くした義人であるとして、各自をもとの官職に戻す。辛敞は「わたしが姉に尋ねなかったら、大義を失うところであった」と嘆息する。演義は「辛氏憲英はかつて弟に勧めた、古今千載その高風を頌える」という後世の人の詩で辛憲英を称える。 演義 第107回 §27–28
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力72
- 政治38
- 魅力45
- 徳78
- 処世62
- 文芸45
- 弁舌55
- 用人45
項目別の根拠
演直接の記録なし — 辛敞の姉という立場から推定第107回 §5
演直接の記録なし — 辛敞の姉という立場から推定第107回 §5
演司馬懿の狙いは曹爽だけで、曹爽は必ず敗れると見抜いた第107回 §6
演直接の記録なし — 辛敞の姉という立場から推定第107回 §5
演直接の記録なし — 辛敞の姉という立場から推定第107回 §5
演直接の記録なし — 辛敞の姉という立場から推定第107回 §5
演義理を説いてためらう弟を説得した第107回 §6
演直接の記録なし — 辛敞の姉という立場から推定第107回 §5
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。