崔烈
人物紹介
崔烈は演義に名前だけが二度出てくる後漢の大臣である。演義第3回で、十常侍の乱を避けて逃れた皇帝と陳留王を農家に迎えた崔毅が自らを「先朝の司徒崔烈の弟」と名乗り、第9回では李傕と郭汜が長安に入って兵を放ち大いに略奪した際、国難に死んだ人々の中に城門校尉崔烈が含まれる。 演義 第3回 §20演義 第9回 §48
演義全120回のうち第3回と第9回の2回に登場し、名前が回目に入った回はなく、彼が自ら話したり動いたりする場面もない。陳寿の本文には登場せず、裴松之の注にのみ記録がある。陳寿の本文の董卓伝は、李傕らが長安城を陥落させた後、兵を放って長安の老若を略奪し、ことごとく殺したと記す。 演義 第3回 §20演義 第9回 §48正史 魏書 巻6 §20–21
演義の描写
演義第3回で、十常侍の乱を避けて逃れた皇帝と陳留王は、蛍の光を頼りに夜道を歩き、ある農家の裏の藁山のそばに横たわる。二つの赤い太陽が家の裏に落ちる夢を見た農家の主人が出てきて二人を見つけ、陳留王が皇帝を指して今上の皇帝だと明かすと、彼は再拝して、自分は先朝の司徒崔烈の弟崔毅であり、十常侍が官職を売り賢者を妬むのを見てここに隠れ住んでいたと言う。 演義 第3回 §18–20
崔毅は皇帝を家に迎えてひざまずいて酒食を進め、段珪を殺して皇帝を探しに出た閔貢が農家に着くと、彼を皇帝のもとへ案内する。農家にただ一頭いた痩せ馬を皇帝の乗用に差し出し、農家を出て三里も行かないうちに、司徒王允ら数百の人馬が御車を出迎える。演義は崔烈がいつ司徒を務めたかを記していない。 演義 第3回 §20–22
第9回で、董卓の残党李蒙と王方が城内からひそかに城門を開くと、四路の賊軍が長安になだれ込み、呂布は最後まで去ろうとしない王允を残して百余騎とともに関を脱出する。李傕と郭汜が兵を放って大いに略奪し、太常卿種払、太僕魯馗、大鴻臚周奐、城門校尉崔烈、越騎校尉王頎が皆国難に死ぬ。演義で崔烈の名が出てくるのは、この箇所と第3回の崔毅の言葉だけである。 演義 第9回 §46–48演義 第3回 §20
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率35
- 武力33
- 知力38
- 政治45
- 魅力38
- 徳48
- 処世35
- 文芸40
- 弁舌35
- 用人35
項目別の根拠
演直接の記録なし — 城門校尉の職から推定第9回 §48
演直接の記録なし — 事績から推定第9回 §48
演直接の記録なし — 司徒の経歴から推定第3回 §20
演直接の記録なし — 先朝で司徒を務めた経歴から推定第3回 §20
演直接の記録なし — 事績から推定第3回 §20
演直接の記録なし — 国難に死んだことから推定第9回 §48
演直接の記録なし — 李傕・郭汜の乱の中での事績から推定第9回 §48
演直接の記録なし — 司徒の経歴から推定第3回 §20
演直接の記録なし — 事績から推定第9回 §48
演直接の記録なし — 事績から推定第3回 §20
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。