梁寓

正史 呉 字 孔儒 Liang YuKongru양우공유

プロフィール
職業正文官 · 校尉所属呉
登場正収録
出生出身地呉郡
実在実在言及正5回

人物紹介

梁寓は孫権配下の校尉である。正史には独立した伝がなく、陳寿の本文では呉書巻2呉主伝に一度見えるだけである。孫権は校尉の梁寓を派遣して漢の朝廷に貢物を献上させた。呉主伝はこのことを、建安24年(219)12月に関羽を捕らえて荊州を平定した記事のあと、25年(220)春正月に曹公が世を去った記事の前に記している。 正史 呉書 巻2 §28–30

陳寿の本文は梁寓の字と出身、そのほかの事績と死を記しておらず、巻2の評でも彼を取り上げていない。演義には登場しない。 正史 呉書 巻2 §29 · 115

正史の記録

建安24年(219)、孫権は関羽を征討した。12月、潘璋の司馬馬忠が章郷で関羽とその子関平、都督の趙累らを捕らえ、ついに荊州が平定された。曹公は上表して孫権を驃騎将軍とし、仮節を与えて荊州牧を兼ねさせ、南昌侯に封じた。 正史 呉書 巻2 §26–28

孫権は校尉の梁寓を派遣して漢の朝廷に貢物を献上させた。また王惇に馬を買わせ、朱光らを送り返した。翌25年(220)春正月、曹公が世を去った。陳寿の本文は、梁寓が貢物を携えて行った月を明らかにしていない。 正史 呉書 巻2 §29–30

陳寿の本文で梁寓が出てくるのはこの箇所だけである。陳寿は巻2の評で、孫権は身を屈して恥を忍び、才能ある者に任せて計略を尊んだと述べたが、梁寓は取り上げていない。 正史 呉書 巻2 §29 · 115

3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。

能力値

演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。

統率武力知力政治魅力徳処世文芸弁舌用人
正史
  • 統率38
  • 武力35
  • 知力40
  • 政治38
  • 魅力38
  • 徳45
  • 処世40
  • 文芸38
  • 弁舌50
  • 用人35
各項目100点

項目別の根拠

正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)

3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。

所属の変遷

  1. 呉 · 正史 · 正史 巻47 「權遣寓觀望曹公」