裴元紹

演義 Pei Yuanshao배원소裴元绍

プロフィール
職業演武将所属
登場演収録
死去死去地演臥牛山
死因演戦死 推定
実在架空言及

人物紹介

裴元紹は演義第28回に登場する黄巾の残党である。天公将軍張角の部将を自称し、張角の死後は仕える主もなく山林に手下を集めて潜んでいたが、郭常之子の頼みを受けて関羽の赤兎馬を奪おうと行く手を遮る。関羽が長い鬚を取り出して見せると馬を下り、郭常の子を引きずって来て差し出し、臥牛山の周倉を関羽に引き合わせる。 演義 第28回 §17–22

周倉が手下を彼に任せて関羽に従って行くと、不満げに別れるが、その後、単騎で通りかかった趙雲の馬を奪おうと山を下り、ただ一合で突き殺される。演義全120回のうち第28回の1回にのみ登場し、回目に名が見える回はない。陳寿の本文にも裴松之の注にも見えない。陳寿の本文の趙雲伝は、趙雲がもとは公孫瓚に属していたが、先主に従ってその騎兵を率いたと記すだけである。 演義 第28回 §25–26 · 54 · 57正史 蜀書 巻6 §39

演義の描写

演義第28回で、関羽は孫乾とともに二人の嫂の車を守って郭常の荘院を出る。三十里も行かないうちに山の背後から百余人が押し寄せ、先頭に立つ二人のうち、前の者は黄巾を頭に巻き、後ろの者は前夜関羽の馬を盗もうとした郭常之子である。黄巾の者は天公将軍張角の部将だと名乗り、赤兎馬を置いて行けば通してやると言う。関羽は大笑いし、張角に従って盗賊をしていたのなら劉・関・張の三兄弟の名も知っているかと問う。 演義 第28回 §13–14 · 16–17

彼は、赤い顔に長い鬚の者が関雲長だとは聞いているが、その顔は知らないと言う。関羽が刀を止めて鬚袋を解き、長い鬚を取り出して見せると、彼は馬から転げ落ちるように下り、郭常の子の髷をつかんで馬前に引きずって来て差し出す。そして自分は姓を裴、名を元紹といい、張角の死後は仕える主もなく、山林に手下を集めてここに潜んでいたと明かす。今朝、郭常の子が来て、自分の家に泊まっている旅人の千里の馬を奪おうと誘ったが、思いがけず将軍に出会ったというのである。関羽は父の顔に免じて郭常の子の命を助ける。 演義 第28回 §18–19

顔も知らないのにどうして名を知っていたのかと関羽が問うと、裴元紹は二十里離れた臥牛山の関西の人周倉の名を挙げる。両腕に千斤の力がある彼は、もとは黄巾の張宝の配下の将であったが、張宝が死ぬと山林に手下を集め、たびたび将軍の高い名声を語っては会う手立てがないのを恨んでいたという。関羽が、緑林は豪傑の身を置く所ではない、これからは邪を去って正に帰れと諭すと、裴元紹は拝礼して礼を述べる。遠くから一隊の人馬がやって来ると、裴元紹はきっと周倉だろうと言う。 演義 第28回 §20–22

周倉は関羽に従うことを願うが、甘夫人が、先に廖化が身を寄せようとしたときも退けたのに、どうして周倉の手下だけを受け入れるのかと言うと、関羽は彼らに山へ帰っているよう命じる。周倉は、大勢が従うのが不都合なら彼らをみな裴元紹に従わせ、自分一人で歩いてでもついて行きたいと願い、許される。裴元紹が自分も関将軍に従いたいと言うと、周倉は、お前が行ってしまえば手下がみな散ってしまうから、しばらく率いていよ、落ち着く先ができたらすぐに迎えに来ると言う。裴元紹は不満げに別れる。 演義 第28回 §23–26

古城で張飛と会った関羽は周倉に臥牛山の裴元紹の人馬を尋ね、周倉はおよそ四、五百人だと答える。ところが劉備と会って臥牛山へ向かう途中、周倉が傷を負って現れ、自分が臥牛山に着く前に一人の将が単騎でやって来て、ただ一合で裴元紹を突き殺し、手下をすべて招いて降らせたうえ山寨を占拠したと知らせる。その将は趙雲である。趙雲は、ここを通りかかったところ裴元紹が山を下りて来て自分の馬を奪おうとしたので彼を殺し、しばらくここに身を置いていたと語る。 演義 第28回 §43 · 53–57

3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。

能力値

陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。

統率武力知力政治魅力徳処世文芸弁舌用人
演義
  • 統率42
  • 武力30
  • 知力38
  • 政治31
  • 魅力40
  • 徳36
  • 処世40
  • 文芸31
  • 弁舌40
  • 用人40
各項目100点

項目別の根拠

  • 統率演42推定

    演直接の記録なし — 四、五百人の手下を擁する山寨から推定第28回 §43

  • 武力演30

    演趙雲と渡り合い、ただ一合で突き殺された第28回 §54第28回 §57

  • 知力演38推定

    演直接の記録なし — 臥牛山の山賊の頭目としての記録から推定第28回 §18第28回 §20

  • 政治演31推定

    演直接の記録なし — 臥牛山の山賊の頭目としての記録から推定第28回 §18第28回 §20

  • 魅力演40推定

    演直接の記録なし — 臥牛山の山賊の頭目としての記録から推定第28回 §18第28回 §20

  • 徳演36

    演郭常の子を捕らえて差し出したが、趙雲の馬を奪おうとした第28回 §18第28回 §57

  • 処世演40推定

    演直接の記録なし — 臥牛山の山賊の頭目としての記録から推定第28回 §18第28回 §20

  • 文芸・学術演31推定

    演直接の記録なし — 臥牛山の山賊の頭目としての記録から推定第28回 §18第28回 §20

  • 弁舌・外交演40推定

    演直接の記録なし — 臥牛山の山賊の頭目としての記録から推定第28回 §18第28回 §20

  • 識人・用人演40

    演関羽に臥牛山の将周倉のことを伝えて引き合わせた第28回 §20

演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)

3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。

演義の登場回(1回)

登場登場なし 登場回の一覧 →

所属の変遷

  1. 黄巾 · 演義 · 「我乃天公將軍張角部將也」