伍孚
人物紹介
伍孚は字を徳瑜といい、演義第4回で董卓を刺し殺そうとして失敗し死ぬ越騎校尉として登場する。董卓が少帝を殺して残虐な行いを重ねると、伍孚はいつも朝服の下に小さな鎧を着て短刀を隠し機会をうかがい、参内する董卓を刺すが、力の強い董卓に捕らえられ、すぐに入ってきた呂布に引き倒される。 演義 第4回 §17–19
誰に謀反をそそのかされたのかという董卓の問いに、伍孚は「お前は我が君ではなく、我はお前の臣ではない。何の謀反があろうか」と罵り、董卓の命で引き出されて肉を切り刻まれて死ぬときも罵声をやめない。 演義 第4回 §19–20
演義120回のうち第4回の1回にのみ登場し、回目に名が入る回はない。同じ回の前半には、董卓に袁紹を一郡の太守にするよう勧める校尉伍瓊が別に登場する。陳寿の本文には見えず、裴松之注にのみ記録がある。 演義 第4回 §2–3 · 19
演義の描写
演義第4回で董卓は九月朔日、嘉徳殿に文武百官を大いに集め、剣を抜いて手にしたまま、天子は暗弱であるとして李儒に皇帝を廃する策文を読ませる。のちに廃された皇帝が恨みの詩を作ったとして、李儒に武士十人を率いて宮中に入り弑させると、李儒は何太后を楼の下へ投げ落とし、武士に唐妃を絞め殺させたうえ、鴆毒を入れた酒を流し込んで少帝を殺す。 演義 第4回 §4 · 14 · 17
その後董卓は毎夜宮中に入って宮女を辱め、竜床で眠る。あるとき兵を率いて陽城の地に至り、二月の社の祭りに集まった村人たちを取り囲んでことごとく殺し、婦女と財物を奪う。千余りの首を車の下に吊るして都に戻ると、賊を殺して大勝したと言いふらす。 演義 第4回 §18
越騎校尉伍孚は字を徳瑜といい、董卓の残虐さを見て憤りを抑えられず、いつも朝服の下に小さな鎧を着て短刀を隠し、機会を見て董卓を殺そうとする。ある日董卓が参内すると、閣の下で出迎えて刀を抜きまっすぐ刺しかかるが、力の強い董卓が両手で彼を押さえ、すぐに呂布が入ってきて伍孚を引き倒す。 演義 第4回 §19
董卓が誰に謀反をそそのかされたのかと問うと、伍孚は目をむいて「お前は我が君ではなく、我はお前の臣ではない。何の謀反があろうか。お前の罪悪は天に満ち、人はみなお前を誅したいと願っている。お前を車裂きにして天下に謝せないのが恨めしいだけだ」と大声で罵る。激怒した董卓は彼を引き出して肉を切り刻んで殺させ、伍孚は死ぬまで罵声をやめない。 演義 第4回 §19–20
演義は「漢末の忠臣といえば伍孚を説く、天を衝く豪気は世に二つとなし」で始まる後世の人の詩で彼を讃える。そして董卓はこのときから出入りの際に常に甲冑の兵に護衛させたと記す。 演義 第4回 §21–22
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率40
- 武力45
- 知力42
- 政治33
- 魅力45
- 徳92
- 処世40
- 文芸35
- 弁舌45
- 用人33
項目別の根拠
演直接の記録なし — 越騎校尉という職から推定第4回 §19
演刀を抜いて董卓を刺したが、董卓に捕らえられた第4回 §19
演朝服の下に鎧と短刀を隠して機会をうかがった第4回 §19
演直接の記録なし — 越騎校尉という職から推定第4回 §19
演直接の記録なし — 後世が詩で讃えたという記録第4回 §21
演直接の記録なし — 越騎校尉という職から推定第4回 §19
演直接の記録なし — 越騎校尉という職から推定第4回 §19
演直接の記録なし — 越騎校尉という職から推定第4回 §19
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →