楊祚
人物紹介
楊祚は遼東の公孫淵の将軍である。正史には独立した伝がなく、魏書巻8二公孫陶四張伝の公孫淵の記録に二度名が見える。景初2年(238)、司馬懿が公孫淵を討つため遼東に至ると、卑衍らとともに歩兵・騎兵数万を率いて遼隧県に駐屯した。のちに襄平城が包囲されて兵糧が尽き、人が互いに食らい合うようになると、将軍楊祚らが降伏した。 正史 魏書 巻8 §46–48
陳寿の本文は、降伏したのちの楊祚を記さない。演義では第106回に公孫淵が先鋒とした将として初めて登場し、120回のうち1回に登場し、回目に名が入る回はない。卑衍とともに遼隧で持ちこたえたが、襄平へ退く途中で伏兵に遭って逃げ、首山の戦いののちは再び登場しない。 正史 魏書 巻8 §48–49演義 第106回 §5 · 9–13
正史の記録
景初元年(237)、幽州刺史毌丘倹らが璽書を携えて公孫淵を召し出しに来ると、公孫淵は兵を挙げて遼隧県で迎え撃ち、毌丘倹らは不利となって引き返した。公孫淵はついに自ら燕王となった。翌年春、魏は太尉司馬懿を派遣して公孫淵を討たせ、6月に魏軍は遼東に至った。 正史 魏書 巻8 §46–47
公孫淵は将軍卑衍・楊祚らに歩兵・騎兵数万を率いて遼隧県に駐屯させ、取り巻く塹壕は二十余里に及んだ。司馬懿の軍が至ると公孫淵は卑衍に迎え撃たせ、司馬懿が派遣した将軍胡遵らがこれを撃ち破った。司馬懿が東南へ向かってから急に東北へ転じ、まっすぐ襄平へ急行すると、卑衍らは夜に逃げ、首山で再び死力を尽くして戦ったが大敗した。 正史 魏書 巻8 §47–48
魏軍は襄平城の下に進んで包囲の塹壕を掘った。おりしも長雨が三十余日降って遼水がにわかに増水し、輸送船が遼口からまっすぐ城の下まで来た。雨が晴れると魏軍は土山を築いて櫓を建て、発石車と連弩で城内を射た。公孫淵は窮地に追い込まれ、兵糧が尽きて人が互いに食らい合い、死者は非常に多かった。将軍楊祚らが降伏した。 正史 魏書 巻8 §48
8月壬午の日、公孫淵の軍勢が崩れると、公孫淵は子の公孫修とともに騎兵数百を率いて包囲を突破し東南へ逃げたが、首を斬られた。城が陥落すると相国以下斬った首は千を数え、遼東・帯方・楽浪・玄菟はすべて平定された。陳寿の本文は、降伏した楊祚がその後どうなったかを記さない。 正史 魏書 巻8 §49
演義の描写
演義第106回で公孫淵は自ら燕王を称し、これを諫めた副将賈範と参軍倫直を市で斬る。そして大将軍卑衍を元帥に、楊祚を先鋒として遼東の兵15万を起こし、中原へ攻め込む。 演義 第106回 §3 · 5
司馬懿が胡遵を先鋒として先に遼東に陣営を築かせると、公孫淵は卑衍と楊祚に兵8万を分けて遼隧に駐屯させる。二十余里にわたって堀をめぐらし、鹿角を周囲に張り巡らして非常に厳重である。卑衍は楊祚と相談し、魏軍が攻めてきても迎え撃たず、兵糧が尽きて退く時を待って奇兵で撃てば司馬懿を捕らえられると言う。 演義 第106回 §9–10
魏軍が南へ向かったという報告が入ると、卑衍は襄平を失うことを恐れて驚き、陣営を払って後を追い、司馬懿は夏侯覇と夏侯威を遼水のほとりに伏せさせる。卑衍と楊祚が兵を率いて来ると両側から伏兵が打って出て、二人は戦う気をなくし、道を切り開いて逃げる。首山に至って公孫淵の軍と出会った二人は、兵を合わせて再び魏軍と戦う。 演義 第106回 §11–12
戦いは卑衍が夏侯覇の刀に斬られて崩れ、遼東の兵が大いに乱れると、公孫淵は敗残兵を率いて襄平城へ逃げ込み固く守る。演義はこののち楊祚がどうなったかを記さない。城内の兵糧が尽きたのち、降伏を請うために司馬懿の陣営へ行くのは、相国王建と御史大夫柳甫、そして侍中衛演である。 演義 第106回 §13 · 21–22
演義と異なる点
地位と兵力:演義第106回で楊祚は、卑衍を元帥とする遼東の兵15万の先鋒として中原へ攻め込み、遼隧には卑衍とともに8万を率いて駐屯する。正史では楊祚は将軍であり、公孫淵が卑衍・楊祚らに歩兵・騎兵数万を与えて遼隧県に駐屯させた。 演義 第106回 §5 · 9正史 魏書 巻8 §47
遼隧での策:演義第106回では卑衍が楊祚に、迎え撃たずに魏軍が退く時を待とうと言う。正史では魏軍が至ると公孫淵が卑衍に迎え撃たせ、胡遵らがこれを撃ち破った。 演義 第106回 §10正史 魏書 巻8 §47
伏兵:演義第106回で楊祚は卑衍とともに遼水のほとりで夏侯覇・夏侯威の伏兵に遭って逃げる。正史の公孫淵の記録には伏兵も夏侯覇・夏侯威の名もなく、卑衍らが襄平に守る者がいないことを恐れて夜に逃げたと記す。 演義 第106回 §11–12正史 魏書 巻8 §47–48
降伏:演義第106回で楊祚は首山の戦いののち登場せず、降伏を請いに行くのは王建・柳甫と衛演である。正史では襄平城が窮地に追い込まれて兵糧が尽きると、将軍楊祚らが降伏した。 演義 第106回 §12 · 21–22正史 魏書 巻8 §48
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
- 統率5045−5
- 武力4242±0
- 知力4042+2
- 政治3533−2
- 魅力3835−3
- 徳3540+5
- 処世4535−10
- 文芸3131±0
- 弁舌3333±0
- 用人3533−2
演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上
近い項目 9件 — 根拠を見る
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。