王暢
人物紹介
王暢は漢で三公を務めた人物で、魏の王粲の祖父である。正史の陳寿の本文では、魏書巻21の王粲伝の冒頭に、王粲の曾祖父王龔とともに一度名が見える。 正史 魏書 巻21 §2
陳寿の本文は、彼が務めた三公の官名と生涯を記していない。演義には登場しない。 正史 魏書 巻21 §2
正史の記録
王粲は字を仲宣といい、山陽郡高平県の人である。陳寿は、王粲の曾祖父王龔と祖父王暢がともに漢の三公を務めたと記した。 正史 魏書 巻21 §2
王粲の父王謙は大将軍何進の長史であった。何進は王謙が名公の後裔であるとして縁組を結ぼうと、自分の二人の息子を見せてその中から選ばせたが、王謙は承知しなかった。王謙は病のため免職となり、家で死んだ。 正史 魏書 巻21 §2
献帝が西へ移ると、王粲も長安に移った。左中郎将蔡邕は門前に王粲が来たと聞くと、履物を逆さに履いて駆け出して迎え、年若く小柄な彼を見て驚いた一座の者たちに「この人は王公の孫で、並外れた才能がある。私も及ばない」と言った。 正史 魏書 巻21 §3
陳寿の本文は、このほかに王暢自身の字・本籍・歴任した官職・生涯を記していない。 正史 魏書 巻21 §2
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率35
- 武力31
- 知力42
- 政治50
- 魅力45
- 徳45
- 処世42
- 文芸40
- 弁舌42
- 用人38
項目別の根拠
正直接の記録なし — 漢の三公であることから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公であることから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公を務めたことから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公を務めたことから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 名公の家柄と称されたことから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公を務めたことから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公を務めたことから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公を務めたことから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公を務めたことから推定魏書 巻21 §2
正直接の記録なし — 漢の三公を務めたことから推定魏書 巻21 §2
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
所属の変遷
- 後漢 · 正史 · 正史 巻21 「靈帝時爲司空」