正直接の記録なし — 羌族の首領であったことから推定魏書 巻26 §71
迷当 迷當
| 職業 | 演君主 · 羌王 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 正演 | 収録 | |
| 実在 | 実在 | 言及 | 正1回 |
人物紹介
迷当は羌族の首領である。正史には独立した伝がなく、郭淮の伝に一度現れる。正始元年(240)に蜀の姜維が隴西に出て郭淮に追われて退いた後、郭淮が続けて討った羌族が「迷当ら」である。陳寿の本文は彼の出身とその後のこと、死を記していない。 正史 魏書 巻26 §71
演義では第109回に羌王として登場し、120回のうちこの1回にだけ現れ、名が回目に入った回はない。姜維の使者郤正から贈り物を受けて兵五万を起こすが、郭淮と陳泰の計略に捕らえられた後、郭淮の説得に従って羌兵を先に立てて鉄籠山へ向かい、その中に紛れた魏軍が姜維の陣営を襲う。 演義 第109回 §2 · 18–21
正史の記録
正始元年(240)に蜀の将姜維が隴西に出ると、郭淮は進軍して彊中まで追い、姜維は退いた。郭淮は続けて羌族の迷当らを討ち、柔順な氐族三千余落を按撫して移し関中を満たし、左将軍に移った。陳寿の本文で迷当はこの一か所にだけ現れ、彼がどうなったかは記されていない。 正史 魏書 巻26 §71
演義の描写
演義第109回で、延熙16年(253)秋、姜維は兵二十万で魏を討つために出陣し、夏侯覇と相談する。夏侯覇は、先に勝てずに帰ったのは羌兵が来なかったためだとして、まず隴右で羌人と会うよう取り決めようと言い、姜維は郤正を使者として金と珠、蜀錦を持たせて羌の地に入らせ、羌王と好を結ばせる。羌王迷当は贈り物を受けるとすぐに兵五万を起こし、羌の将俄何焼戈を大先鋒として南安へ向かう。 演義 第109回 §1–2
姜維が鉄籠山で司馬昭を閉じ込めると、郭淮は救いに行こうとするが、陳泰は、兵を引けば羌兵が隙に乗じて背後を襲うだろうと言い、まず羌人に偽って降伏しようと述べる。陳泰は兵五千を率いて迷当の陣営に入り、郭淮が常に自分を殺そうとしていると泣いて拝し、今夜魏の陣営を襲撃すると申し出る。迷当は大いに喜んで俄何焼戈を陳泰とともに送るが、俄何焼戈は魏の陣営の落とし穴に落ち、羌兵は大混乱に陥る。郭淮と陳泰が羌人の陣営まで攻め込むと、迷当は急いで帳を出て馬に乗ろうとしたところを魏軍に生け捕りにされる。 演義 第109回 §11 · 16–18
郭淮は急いで馬を下りて自ら縄を解き、朝廷は日頃からあなたを忠義の人と見てきたのに、なぜ蜀の者たちを助けたのかと問う。迷当は恥じ入ってひれ伏し罪を詫びる。郭淮が、先頭に立って鉄籠山の包囲を解き蜀軍を退ければ天子に奏上して厚く賞を賜らせると言うと、迷当はその言葉に従い、羌兵を前に立てて魏軍を後ろに続かせ、三更にまっすぐ鉄籠山へ向かう。 演義 第109回 §19–20
迷当が先に人を遣わして知らせると、姜維は大いに喜んで入って会おうと言い、大軍を陣営の外にとどめる。魏軍の大半は羌人の部隊の中に紛れていた。迷当が百余人を率いて中軍の帳の前に至り、姜維と夏侯覇が出迎えると、魏の将が迷当が口を開く前に背後から斬りかかり、蜀軍は散り散りになり姜維は逃げる。戦いの後、司馬昭は羌兵をねぎらって賞を与え、本国へ帰らせる。 演義 第109回 §20–21 · 24
演義と異なる点
姜維との関係:演義第109回で迷当は姜維の使者郤正から贈り物を受け、兵五万を起こして蜀を助ける。正史の郭淮伝は、郭淮が姜維を退けた後に羌族の迷当らを討ったと記すだけで、迷当が姜維と手を結んだという話はない。 演義 第109回 §2正史 魏書 巻26 §71
時期:演義は迷当の件を延熙16年(253)秋の姜維の出陣のときとして描く。正史で郭淮が迷当らを討ったのは正始元年(240)である。 演義 第109回 §1–2正史 魏書 巻26 §71
鉄籠山:演義第109回で姜維は鉄籠山で司馬昭を閉じ込めるが、迷当を先に立てた魏軍に陣営を襲われて逃げる。正史の姜維伝の延熙16年の出陣は、石営に出て董亭を経て南安を包囲し、魏の雍州刺史陳泰が洛門まで来ると兵糧が尽きて退いたものであり、羌族も鉄籠山も登場しない。 演義 第109回 §11 · 20–21正史 蜀書 巻14 §36
捕縛と帰順:演義で迷当は郭淮と陳泰の計略に捕らえられ、郭淮の説得を受けて魏を助ける。正史は郭淮が迷当らを討ったと記すだけで、迷当が捕らえられたのか降伏したのかは明らかにしない。 演義 第109回 §18–20正史 魏書 巻26 §71
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
- 統率4238−4
- 武力4038−2
- 知力3530−5
- 政治3331−2
- 魅力4550+5
- 徳4025−15
- 処世3855+17
- 文芸3131±0
- 弁舌3340+7
- 用人3333±0
演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上
正直接の記録なし — 羌族の首領であったことから推定魏書 巻26 §71
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正直接の記録なし — 羌族の首領であったことから推定魏書 巻26 §71
演直接の記録なし — 蜀の贈り物を受けて好を結んだことから推定第109回 §2
正直接の記録なし — 羌族の首領であったことから推定魏書 巻26 §71
演直接の記録なし — 羌王であったことから推定第109回 §2
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →