士孫瑞
人物紹介
士孫瑞は後漢末の尚書僕射で、司徒王允とともに董卓を殺そうと謀った人である。正史には独立した伝がなく、陳寿の本文では魏書巻6の董卓伝と巻7の呂布伝に一度ずつ登場する。初平3年(192)4月、王允・呂布とともに董卓誅殺を謀り、未央殿で大会が開かれた日に呂布が董卓を殺して三族を滅ぼした。 正史 魏書 巻6 §16正史 魏書 巻7 §5
陳寿の本文は彼の字や出身、その後の事跡と死を記しておらず、巻6と巻7の評でも取り上げていない。演義には第9回にのみ登場し、120回のうち1回の登場で、名が回目に入った回はない。第9回で彼は王允の相談に招かれ、天子の密詔で董卓を朝廷に呼び寄せて殺す計略を出し、李粛を使者に推挙する。 正史 魏書 巻6 §96正史 魏書 巻7 §62演義 第9回 §14–15
正史の記録
董卓は西京に至って太師となり、尚父と号し、三台の尚書以下を呼びつけて自ら自分の府に来て事を申し上げさせた。法令は苛酷で、愛憎によって刑罰を濫用し、無実の罪で死んだ者は千を数えた。 正史 魏書 巻6 §12 · 14
初平3年(192)4月、司徒王允、尚書僕射士孫瑞、董卓の将呂布がともに董卓誅殺を謀った。この時、天子は病が癒えたばかりで、未央殿で大いに会を催した。呂布は同郡出身の騎都尉李粛らに親兵十余人を率い、衛士の服を偽って着て掖門を守らせ、自らは詔書を懐にした。董卓が来ると李粛らが董卓を撃ち、董卓が驚いて呂布はどこにいるかと叫ぶと、呂布は「詔がある」と言って董卓を殺し、三族を滅ぼした。長安の士人や庶民はみな互いに祝い合った。 正史 魏書 巻6 §16–17
呂布伝は同じ出来事をこう記す。董卓は少し意に逆らったとして呂布に手戟を投げつけたことがあり、呂布は董卓の侍女と私通していて、事が露見するのではと心穏やかでなかった。司徒王允は呂布が同じ州の郷里の人で、力強く壮健であるとして手厚く遇していたが、呂布が訪ねてきて董卓に殺されかけたことを話した。その時、王允は僕射士孫瑞とともにひそかに董卓を殺そうと謀っていたので、これを呂布に告げて内応させた。呂布は父子の間柄をどうするのかと言ったが、もともと骨肉ではないという王允の言葉に承諾し、自ら刃をとって董卓を刺した。 正史 魏書 巻7 §4–5
王允は呂布を奮武将軍とし、ともに朝政を握った。しかし董卓の旧部下李傕らが長安城を包囲して十日で陥落させると、呂布は敗れて逃げ、李傕らは董卓を殺した者たちを誅殺し、王允の屍を市にさらした。陳寿の本文は、この時とその後に士孫瑞がどうなったかを記していない。 正史 魏書 巻7 §6正史 魏書 巻6 §20–21
陳寿は巻6の評で、董卓は狼のように凶暴で残忍、暴虐で不仁であり、文字ができて以来おそらく彼のような者はいなかったであろうと述べた。評に士孫瑞の名は出てこない。 正史 魏書 巻6 §96
演義の描写
演義第9回で、鳳儀亭の一件で董卓に怒った呂布は、王允の説得により刀で腕を刺して血を出して誓う。王允はすぐに僕射士孫瑞と司隷校尉黄琬を招いて相談し、士孫瑞は、主上は病が癒えたばかりであるから、弁の立つ者を一人郿塢に遣わして董卓に政事を議しに来るよう請い、一方で天子の密詔を呂布に与えて朝門の内に甲士を伏せさせ、董卓を引き入れて殺すのが上策であると言う。 演義 第9回 §10 · 13–14
黄琬が誰があえて行くかと問うと、士孫瑞は、呂布と同郡の人である騎都尉李粛が、董卓に官を上げてもらえずひどく恨んでいるので、彼を遣わせば董卓は必ず疑わないであろうと言う。王允はよしとして呂布を呼んで相談し、呂布は、かつて自分に丁建陽(丁原)を殺すよう勧めたのもこの李粛であり、行かないと言うなら先に斬ると言う。李粛は矢を折って誓う。 演義 第9回 §15–16
翌日、李粛は郿塢に行き、天子が未央殿で太師に禅位することを議したいと言って董卓を呼び出す。董卓が北掖門を通って入ってくると、王允の叫びで武士百余人が飛び出して突き、呂布が詔を奉じて賊を討つと言って董卓の喉を刺す。演義はこの場面の後、士孫瑞を再び登場させない。 演義 第9回 §17 · 24–25
演義と異なる点
謀議が始まった順序:演義第9回では、王允が呂布を説いて誓いを受けた後に、ようやく士孫瑞と黄琬を招いて相談する。正史の呂布伝では、王允はすでに僕射士孫瑞とともにひそかに董卓を殺そうと謀っており、訪ねてきた呂布にそれを告げて内応させた。 演義 第9回 §13–14正史 魏書 巻7 §5
計略を立てた者:演義第9回では、士孫瑞が郿塢に人を遣わして董卓を呼び、密詔を受けた呂布が甲士を伏せる計略を立てる。正史の董卓伝は、天子が病癒えて未央殿で大いに会した時、呂布が李粛らを衛士に扮させて掖門を守らせ、自らは詔書を懐にしたと記すだけで、その計略を誰が立てたかは明らかにしない。 演義 第9回 §14正史 魏書 巻6 §16
李粛の役割:演義第9回では士孫瑞が李粛を使者に推挙し、李粛は郿塢に行って禅譲を餌に董卓を呼び出す。正史の董卓伝では、李粛は呂布と同郡出身の騎都尉として親兵を率いて掖門を守り、董卓を撃ったのであって、郿に使者として行ったことや士孫瑞が彼を推挙したことは記されていない。 演義 第9回 §15 · 17正史 魏書 巻6 §16
黄琬:演義第9回では司隷校尉黄琬が士孫瑞とともに相談に加わる。正史の董卓伝と呂布伝が記す謀議には王允・士孫瑞・呂布だけが登場し、黄琬の名はない。 演義 第9回 §14正史 魏書 巻6 §16正史 魏書 巻7 §5
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能力値
正史(陳寿『三国志』本文)の点数が基準です。演義が同じ人物をどう描き直したかを項目ごとに比べ、二つの原典の根拠で違いを説明します。
- 統率3131±0
- 武力3131±0
- 知力5870+12
- 政治5048−2
- 魅力4040±0
- 徳6060±0
- 処世5048−2
- 文芸4240−2
- 弁舌4045+5
- 用人4058+18
演義が作った能力値 — 正史と異なる点 差が10点以上
近い項目 8件 — 根拠を見る
正史 演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →