胡華
| 職業 | 演文官 · 議郎 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
胡華は演義第27回に登場する老人で、関羽が二人の嫂の車を護って旅をする途中、一夜の宿を取った村の荘園の主である。自ら桓帝の時に議郎を務めたが官を辞して郷里に帰ったと言い、幼い息子の胡班が滎陽太守王植の配下で従事を務めているとして、関羽に息子宛ての手紙一通を託した。 演義 第27回 §14 · 16–17
その手紙のおかげで、滎陽で王植の命を受け、関羽の泊まる駅舎に火を放とうとしていた胡班は、関羽に「許都の城外に住む胡華の息子」と見分けられ、王植の計略を知らせて城門を開けた。演義全120回のうち第27回と第73回の2回に登場し、第73回では荊州に来て関羽に降った胡班を「胡華の息子」と呼ぶ言葉の中にのみ出る。名が回目に入った回はない。 演義 第27回 §35 · 38演義 第73回 §36
演義の描写
演義第27回で、関羽は曹操が戦袍を贈ったことを二人の嫂に告げて車を急がせ、日が暮れるとある村の荘園に入って休んだ。ひげも髪もすっかり白くなった荘主が出てきて名を尋ね、関羽が劉玄徳の弟の関某であると答えると、顔良と文醜を斬った関公ではないかと言って大いに喜び、荘園の中へ招き入れた。車にはさらに二人の夫人がいると聞くと、老人は妻と娘を呼んで出迎えさせた。 演義 第27回 §14–15
二人の夫人が草堂に上がると、関羽は嫂上が上におられるのにどうして座れようかと言って、その傍らに手を組んで立った。老人は妻と娘に二人の夫人を奥の間へ案内してもてなさせ、自らは草堂で関羽をもてなした。関羽が姓名を尋ねると、老人は姓は胡、名は華であると明かし、桓帝の時に議郎を務めたが官を辞して郷里に帰り、今は幼い息子の胡班が滎陽太守王植の配下で従事を務めていると語った。そして関羽がそこを通るのなら、息子に届けてほしい手紙が一通あると言い、関羽はこれを承諾した。翌朝、朝食を終えると関羽は胡華の手紙を受け取って別れを告げ、洛陽へと道を取った。 演義 第27回 §15–17
同じ回で関羽が滎陽に着くと、太守王植は笑顔で迎えて駅舎に泊まらせ、ひそかに従事胡班を呼んで、兵1千で駅舎を囲み、三更に火を放ってことごとく焼き殺せと命じた。関雲長の名は久しく聞いていたが顔を知らなかった胡班は、様子をうかがいに駅舎へ行き、灯火の下で書を読む関羽を見て、まことに天から降りてきた人だと嘆じた。彼が滎陽太守配下の従事胡班であると名乗ると、関羽は「もしや許都の城外に住む胡華の息子ではないか」と尋ね、そうだという答えを聞くと、従者に命じて荷物の中から手紙を取り出させて渡した。 演義 第27回 §33–35 · 37–38
手紙を読み終えた胡班は、危うく忠良の人を誤って殺すところであったと嘆き、王植が駅舎を囲んで三更に火を放つことになっているので、自分が先に行って城門を開けておくとひそかに告げた。関羽は二人の嫂を車に乗せて開いた城門から抜け出し、胡班は戻って火を放った。 演義 第27回 §38–39
第73回は、これより先に胡華の息子胡班が荊州に来て関羽に降り、関羽はかつて彼に救われた恩を思って彼をたいへん可愛がり、費詩に従って蜀に入り、漢中王に拝謁して官爵を受けさせたと記す。演義は胡華自身のその後の行跡と死を記さない。 演義 第73回 §36
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力42
- 政治45
- 魅力45
- 徳68
- 処世42
- 文芸45
- 弁舌38
- 用人52
項目別の根拠
演直接の記録なし — 指揮の記録なし、退官した議郎第27回 §16
演直接の記録なし — 武勇の記録なし第27回 §16
演直接の記録なし — 行跡から推定第27回 §16
演直接の記録なし — 桓帝の時に議郎を務めた経歴から推定第27回 §16
演直接の記録なし — 行跡から推定第27回 §15
演直接の記録なし — 官を辞して郷里に帰った行跡から推定第27回 §16
演直接の記録なし — 議郎の経歴から推定第27回 §16
演直接の記録なし — 行跡から推定第27回 §17
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。