夏侯存
| 職業 | 演武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 死因 | 演戦死 推定 | ||
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
夏侯存は演義第73回に登場する曹仁の驍将である。関羽が自ら兵を率いて襄陽に来ると、曹仁は堅く守ろうとし、参謀の満寵も堅く守るのが上策だと諫めるが、夏侯存はそれは書生の言葉にすぎないとして、わが軍は逸をもって労を待つのだから勝てると言う。曹仁はその言に従い、城を出て関羽を迎え撃つ。 演義 第73回 §40–41
曹操の軍は関羽が関平と廖化に授けた計にかかって大いに乱れ、遅れて到着した夏侯存は関羽と打ち合ってわずか一合でその刀に斬り殺される。演義全120回のうち第73回の1回にのみ登場し、回目に名が見える回はない。夏侯存という名は陳寿の本文にも裴松之の注にも見えない。 演義 第73回 §43–44
演義の描写
演義第73回で、関羽は廖化を先鋒、関平を副将とし、自ら中軍を率い、馬良と伊籍を参謀として進軍する。漢中王の使者が来て彼を前将軍とし、節鉞を仮して荊襄九郡の事を都督させると、関羽は兵を起こして襄陽への大道を進む。 演義 第73回 §36 · 38–39
城中にいた曹仁は、関羽が自ら兵を率いて来るとの知らせを受けて大いに驚き、堅く守って出まいとする。副将の翟元は、魏王は将軍に東呉と約して荊州を取れと命じられたが、いま向こうから自らやって来たのは死にに来たようなものだとして、避ける理由はないと言い、参謀の満寵は、関羽は勇があり謀もあるから軽んじてはならず、堅く守るのが上策だと諫める。 演義 第73回 §40
このとき驍将の夏侯存は、それは書生の言葉にすぎないとして、「水来たらば土にて掩い、将至らば兵にて迎う」という言葉を聞いたことがないのかと言う。彼はわが軍は逸をもって労を待つのだから勝てると言い、曹仁はその言に従って満寵に樊城を守らせ、自ら兵を率いて出て関羽を迎え撃つ。 演義 第73回 §40–41
関羽は関平と廖化に計を授けて送り出す。初日、廖化は翟元といくらも戦わないうちに偽って敗走し、荊州の兵は20里退く。翌日、夏侯存と翟元がそろって出て迎え撃つと、荊州の兵はまた敗れて再び20里余り追われる。そのとき背後で喊声が大いに起こり、関平と廖化が攻めかかって曹操の軍は大いに乱れ、計にはまったと知った曹仁はまず一隊を引き抜いて襄陽へ急ぐが、道をふさぐ関羽を見て戦う勇気もなく脇道へ逃げる。 演義 第73回 §42–43
関羽が追わずにいると、ほどなく夏侯存の軍が到着する。夏侯存は関羽を見ると大いに怒ってすぐに打ち合うが、わずか一合で関羽の刀に斬り殺され、逃げる翟元も関平に追いつかれて一刀のもとに斬られる。勢いに乗った追撃で曹操の軍は大半が襄江で死に、曹仁は退いて樊城を守る。夏侯存の名はこの後、演義に再び見えない。 演義 第73回 §44
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率38
- 武力48
- 知力30
- 政治31
- 魅力35
- 徳45
- 処世38
- 文芸31
- 弁舌33
- 用人31
項目別の根拠
演翟元とともに出撃し、荊州の兵を20里余り追った第73回 §42
演直接の記録なし — 曹仁配下の将という役割から推定第73回 §40
演直接の記録なし — 曹仁配下の将という役割から推定第73回 §40
演直接の記録なし — 曹仁配下の将という役割から推定第73回 §40
演直接の記録なし — 曹仁配下の将という役割から推定第73回 §40
演直接の記録なし — 曹仁配下の将という役割から推定第73回 §40
演直接の記録なし — 曹仁配下の将という役割から推定第73回 §40
演直接の記録なし — 曹仁配下の将という役割から推定第73回 §40
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。