崔勇
| 職業 | 演武将 | 所属 | |
|---|---|---|---|
| 登場 | 演 | 収録 | |
| 死因 | 演戦死 推定 | ||
| 実在 | 架空 | 言及 |
人物紹介
崔勇は演義第13回に登場する郭汜の部将である。張済の仲裁で東へ向かった天子の御車を郭汜が追って来て、御車がちょうど華陰県に着いたとき、御車を護衛しに来た楊奉の前に馬を進め出て、楊奉を「逆賊」と大声で罵ったが、楊奉が呼んだ将の徐晃にわずか一合で斬られる。 演義 第13回 §35–36 · 38 · 40–41
演義全120回のうち第13回の1回にのみ登場し、回目に名が見える回はない。陳寿の本文と裴松之の注には崔勇は見えない。陳寿の本文の董卓伝(魏書巻6董二袁劉伝)は、郭汜が再び天子を脅して郿県に戻って都とさせようとしたので天子は楊奉の陣営へ逃れ、楊奉が郭汜を攻めて破ったと記すだけである。 演義 第13回 §40正史 魏書 巻6 §25
演義の描写
演義第13回で、張済が大軍を率いて来て李傕と郭汜を和解させ、天子に弘農への行幸を請うと、李傕は御車を整えて東へ向かわせる。御車が覇陵に至ると、郭汜の命を受けて橋を守っていた二人の将が行く手を遮るが、簾が掲げられ帝が諭すと道を開ける。郭汜は、張済をだまして御車を奪い再び郿塢に入れるつもりだったと言って二人の将を斬り、兵を起こして追いかける。御車がちょうど華陰県に着いたとき、背後で喊声が天を震わせる。 演義 第13回 §35–38
帝が、狼の巣を逃れたばかりなのにまた虎の口に遭ったと泣くとき、山の背後から「大漢楊奉」の四字を書いた大旗を先に立てた楊奉が兵千余りを率いて現れる。李傕に敗れたのち終南山の麓に駐屯していた楊奉が、御車が来ると聞いて護衛しに来たのである。陣を構えると、郭汜の部将崔勇が馬を進め出て、楊奉を「逆賊」と大声で罵る。 演義 第13回 §39–40
大いに怒った楊奉が陣中を顧みて「公明はどこにいる」と言うと、一人の将が手に大斧を持ち、驊騮を飛ばしてまっすぐ崔勇に向かう。両馬が交わり、わずか一合でその将は崔勇を斬って馬から落とす。楊奉がその勢いに乗って攻めかかると、郭汜の軍は大敗して20里余り退く。 演義 第13回 §40–41
帝が先ほど賊将を斬った者は誰かと問うと、楊奉はその将を車の下に拝させ、河東楊郡の人で、姓は徐、名は晃、字は公明であると奏上する。楊奉は御車を護衛して華陰に至り、そこにとどまる。演義で崔勇の名が出てくるのはこの一節だけである。 演義 第13回 §40–41
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
陳寿『三国志』本文に記録がないため、演義の点数のみです。
- 統率35
- 武力35
- 知力31
- 政治31
- 魅力33
- 徳38
- 処世30
- 文芸31
- 弁舌31
- 用人31
項目別の根拠
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演楊奉を罵り、徐晃に一合で斬られた第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演直接の記録なし — 郭汜配下の将という役割から推定第13回 §40
演義 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
演義の登場回(1回)
登場登場なし 登場回の一覧 →