曹儼
人物紹介
曹儼は魏の文皇帝曹丕の子で、宋姫が生んだ。黄初3年(222)に封じられたが、翌年の4年(223)に死去し、子がなかったので封国は廃止された。伝の題は広平哀王である。 正史 魏書 巻20 §75 · 90–91
正史の魏書巻20武文世王公伝に短い伝があり、陳寿の本文は彼の字と年齢、死んだ理由を記していない。陳寿は巻末の評で、魏の王公たちは封国の名があるだけで社稷の実はなく、禁令と監視で隔てられて獄に囚われたのと変わらなかったと述べた。演義には登場しない。 正史 魏書 巻20 §90–91 · 93
正史の記録
文皇帝曹丕には息子が九人いたが、宋姫は広平哀王曹儼を生んだ。 正史 魏書 巻20 §75
曹儼は黄初3年(222)に封じられ、4年(223)に死去した。子がなかったので封国は廃止された。伝は彼が封じられた所を別に明らかにせず、題に広平哀王と記すだけであり、彼の字と年齢、死んだ理由も記していない。 正史 魏書 巻20 §90–91
陳寿は巻20末の評で、魏の王・公たちは封国と封土という名があるだけで社稷の実はなく、禁令と監視に隔てられて牢獄に閉じ込められたのと変わらず、爵位と称号が定まらず大小の封国が年ごとに変わったと述べた。そして骨肉の恩情が損なわれ、「常棣」の義が廃れたとして、制度の弊害がここまで至ったのかと嘆いた。 正史 魏書 巻20 §93
3KDEX執筆(検収前) — 段落末の表示は、根拠となった正史の巻・演義の回のその節へつながる。
能力値
演義に登場しない人物のため、正史(陳寿『三国志』本文)の点数のみです。
- 統率31
- 武力31
- 知力38
- 政治35
- 魅力38
- 徳42
- 処世38
- 文芸38
- 弁舌35
- 用人35
項目別の根拠
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正直接の記録なし — 封じられた翌年に死去した王族であることから推定魏書 巻20 §91
正史 推定 直接の記録がなく、事績から採点した値(根拠等級C)
3KDEX採点 — 正史は陳寿『三国志』本文、演義は『三国志演義』120回本文が根拠。根拠の表示を押すと原文リーディングのその節へ移動します。
所属の変遷
- 魏 · 正史 · 正史 巻20 「廣平哀王儼,黃初三年封」